メディアワークショップ

一般市民の皆さんに対する心臓病を制圧するため情報発信、啓発活動を目的に、
情報発信能力の高い、メディアの方々を対象にしたワークショップを開催しております。

第15回「眠りとは?睡眠と循環器疾患」?こわいのは睡眠時無呼吸だけではない?

社会生活の変化に伴い、日本人の睡眠時間は減少を続け、国際的にみても非常に短い傾向にあり、睡眠に関する問題を抱える人も多い。精神医学・中枢神経疾患と睡眠の関連を研究している井上氏は、睡眠のメカニズムと不眠症および不眠症と関連する疾患の病態について概説した。
 

睡眠のメカニズム

睡眠はレム睡眠と呼ばれる夢を生じる眠りと、ノンレム睡眠と呼ばれるそうでない眠りから成る。レム睡眠とノンレム睡眠の組み合わせを1つのサイクルとすると、1サイクルはおよそ90~120分で、一晩の睡眠でこのサイクルが4、5回起こる。夜間前半のノンレム睡眠、とくに深い睡眠時に成長ホルモンが分泌され、これは小児では成長に関係し、成人では組織の修復、新陳代謝などに関係していると考えられている。
レム睡眠とノンレム睡眠の比率は年齢とともに変化することが知られている。レム睡眠の年齢による推移をみると、新生児ではおよそ50%がレム睡眠で、成長とともに減少し3~5歳頃には20%程度となり成年期まではほぼ同様であるが、老年期に入ると若干減少する。また、新生児では覚醒・睡眠を繰り返す多相性睡眠だが、小児期以降は単相性となり、老年期になると再び多相性に戻るという特徴がみられる。
睡眠は生体リズムの影響も強く受ける。このため高齢者では、生体リズムの1つである体温リズムの振幅の減少、位相の前進が生じ、若年者に比べて早寝・早起きになったり、午睡しやすくなるといった現象に結びつく。
このように、睡眠は発達、老化、生体リズムなどの影響を受け、睡眠内容が変化していく特徴がある。

不眠症と関連する疾患の病態

2005年の睡眠に関する調査によると、日本人の平均睡眠時間(平日)は7時間22分で、諸外国と比較して短く、1960年と比較すると約1時間短くなっている。また、別の調査では日本人の4~5人に1人が睡眠について何らかの問題を有していると報告されている(図1)。このように睡眠に関して問題が顕在するなかで、もっとも注目すべき睡眠障害として不眠症が挙げられる。
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図1 睡眠障害の実態

不眠症と死亡率・生活習慣病の発症
睡眠時間と死亡率の関連について、米国で110万人を対象に行われた調査では、睡眠時間が6.5~7時間の人の死亡率がもっとも低いU字型の関連が認められ、睡眠時間の短い人の死亡率が高いことが示された。この調査では、睡眠時間の長い人でも死亡率は高く、この理由は明らかではないが、睡眠時間が長いことが原因で死亡率が高いのではなく、重症の患者は床に就いている時間が長いため、このような関連がみられたと思われる。
また、高血圧、心臓疾患、動脈硬化、糖尿病といった疾患のほか、肥満、メタボリック・シンドロームでも死亡率と同様のU字型の関連を示すことが知られており、睡眠時間の短い人ではこれらの発症リスクが高いことが国内外の研究により明らかとなっている。不眠がこれらの生活習慣病を増悪させるのは、不眠により交感神経が活性化して血圧が上昇したり、食欲を増進させるホルモンの増加と食欲を低下させるホルモンの減少が起こって、肥満、糖尿病のリスクが高まったりするためと考えられている(図2)。
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図2 不眠が生活習慣病(メタボリック・シンドローム)を増悪させるメカニズム

不眠症とうつ病の発症
うつ病は世界的に、健康な生活を阻害する大きな要因として問題になっているが、疫学研究により、うつ病の発症頻度でも睡眠時間との間にU字型の関連があることが明らかとなっている(図3)。不眠は、うつ病の前駆症状であることはよく知られているが、近年の海外の研究では慢性的な不眠の持続はうつ病を起こしやすい、つまり、不眠はうつ病の危険因子でもあることが明らかとなってきた。また、生活リズムが不規則になりやすい交代制勤務者での不眠とうつ病の関連も注目されている。海外の研究において、交代制勤務者の約8割に睡眠障害があり、うつ病を発症している人も多いことが報告されている。
以上のように、不眠症は放置すると生活習慣病やうつ病につながる可能性があり、軽視せずに治療することが重要である。
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図3 睡眠時間と抑うつの関係

不眠症の軽視は禁物―精密な診断により治療は可能

不眠症には、ある原因や疾患により二次的に発生する二次性不眠症もある。二次性不眠症の原因となる代表的な疾患としては、睡眠時無呼吸症候群、むずむず脚症候群、概日リズム睡眠障害、周期性四肢運動障害などがあるが、いずれも治療手順は確立している。しかし、不眠症に対する薬物療法以外の治療法として世界的に広く使用されている認知行動療法(CBTI)が、わが国ではまだ保険適応となっておらず、今後の早期の承認が期待される。
井上氏は最後に、「不眠症の軽視は禁物であり、不眠の原因は多様であるが精密な診察を行い診断をすれば治療が可能である」と強調し、講演を結んだ。


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