メディアワークショップ

一般市民の皆さんに対する心臓病を制圧するため情報発信、啓発活動を目的に、
情報発信能力の高い、メディアの方々を対象にしたワークショップを開催しております。

第22回 高血圧パラドックスの解消に向けて―脳卒中や認知症、心不全パンデミックを防ぐために必要なこととは?―

国民病ともいわれる高血圧の治療において、血圧管理は合併症予防のために非常に重要であることは周知の事実である。しかし、優れた降圧薬がいくつも開発されているにも関わらず、多くの高血圧患者が降圧目標を達成していない、いわゆる「高血圧パラドックス」と、それに対する対策について、楽木宏実氏にご講演いただいた。

収縮期血圧と拡張期血圧

血圧とは、心臓から送り出された血液が血管を押し広げる時の圧力で、最も高い血圧を「収縮期血圧」、最も低い血圧を「拡張期血圧」と呼ぶ。具体的に、収縮期血圧とは心臓が収縮し血液を全身の血管に送り出す時の圧力で、拡張期血圧とは心臓が拡張する時の圧力である。拡張期血圧について、心臓が拡張する時になぜ圧力がかかるのかという点が理解されづらいが、それは心臓が送り出した血液の一部が収縮期に太い血管に溜まり拡張期に末梢の血管へ流れる時の圧力であると説明すれば分かりやすいだろう(図1)。

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図1. 収縮期血圧と拡張期血圧

高齢者では、収縮期血圧だけが高くて拡張期血圧は正常であるというケースがある。これは、動脈硬化などによって動脈が硬くなり、心臓から送られてきた血液を貯めこむことができず、血液が動脈の中を一挙に流れるため収縮期血圧が高くなる一方で、拡張期に太い血管から末梢へ向かう血液は少なくなるため、拡張期血圧は高くならないという状態から起こる。逆に、若年者の高血圧は血管がしなやかであるため、拡張期血圧だけが高くなる場合が多い。

高血圧の定義

血圧が高くなればなるほど心血管病などによる死亡率が上昇するという疫学データから、高血圧を治療する意義があることは周知の事実である(図2)。我が国の「高血圧治療ガイドライン2014」では、収縮期血圧/拡張期血圧が120/80mmHg未満を至適血圧、140/90mmHg以上を高血圧と定義し、基本的な降圧目標値を140/90mmHg未満としている。しかし、血圧は正常値と異常値との間に明確な基準を設けることが難しく、至適血圧から139/89mmHgまでを「正常域血圧」と呼んでいる。このように、高血圧の定義は非常に恣意的である。
2017年には米国心臓病学会(ACC)と米国心臓協会(AHA)が、高血圧の合併症予防をより強化するため、高血圧の基準を130/80mmHg以上とする新たなガイドラインを発表し、世界に衝撃を与えた。これにより、アメリカ国民の半数が高血圧の治療対象となった。

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図2. 血圧レベル別の心血管病死亡ハザード比と集団寄与危険割合

高血圧は死亡、心血管病、生活機能低下に関係

高血圧は、死亡に関する様々なリスク因子の中で、喫煙に次ぐリスクの高さを示しており、とりわけ動脈硬化や心筋梗塞といった心血管病においては一番重要なリスク因子である(図3)。そして、心血管病だけでなく、脳卒中やその後遺症、認知症、腎硬化症からの透析導入など、様々な生活機能を低下させる合併症のリスクを孕んでいる。
しかし、血圧が高いだけでは、特に体が痛む訳でもなく、生活にはなんら支障がないため、患者は高血圧の治療意義を理解できずに放置してしまい、合併症を発症するという結果が起こりうる。

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図3. 本邦の死亡数への各種リスク因子の寄与(2007年)

高血圧治療における「因果の逆転」

現在、多くの降圧薬とプラセボの比較研究で高血圧治療の効果が実証されており、高血圧を治療する意義があることは周知の事実である。しかし、「高血圧を治療する必要はない」という意見や、「血圧を下げると死亡率が上がる」という誤解が未だに残っている。例えば、拡張期血圧が140mmHgの人を集めて、降圧薬を服用している人は服用していない人に比べて死亡率が高かったという調査結果があるとする。一見すると、降圧薬が死亡率を増加させる原因のように見えるが、実は降圧薬を用いた治療によって収縮期血圧を140mmHgに下げているものの、既に発症していた合併症により死亡率が上昇したというのが正しい解釈である。このように、疫学調査において原因と結果を逆に読み取って、正しくない解釈をすることを「因果の逆転」という。このような論調は正しくないということを是非ご理解いただきたい。

高血圧パラドックスへの対策

冒頭で、高血圧パラドックスとは、優れた降圧薬がいくつも開発されているにも関わらず、多くの高血圧患者が降圧目標を達成しておらず、高血圧治療がうまくいっていない状況を示す言葉であると述べた。この概念は、2009年にChobanian医師によって提唱されたものである。1980年以降、高血圧管理のための医療機関受診率・年代別の血圧の平均値は改善傾向にあるが、まだ日本全体としての高血圧治療は不十分であり、高血圧パラドックスに陥っているといえる。実際に、我が国における血圧のコントロール率(140/90mmHg未満の達成率)は、36.85%で、アジア諸国の中でも低い割合を示している(図4)。また、高血圧の頻度は高齢になるほど上昇し、70歳代では男性の80%以上、女性の70%以上が高血圧であるというデータも報告されている。

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図4. アジア各国における高血圧(140/90mmHg以上)の認識率、治療率、コントロール率

高血圧パラドックスへの対策としては、①国民全体での血圧レベルの低下、②未治療高血圧者の受診率向上、③ガイドラインの降圧目標達成率の向上が挙げられる。
まず①国民全体での血圧レベルの低下については、国が推進する「健康日本21(第二次)」において、国民全体で収縮期血圧を平均4mmHg低下させるという施策が進められている。栄養・食生活、身体活動・運動、降圧薬の服用率の上昇などにより血圧を低下させ、脳血管疾患・虚血性心疾患などの心血管病を予防するのが最終的な狙いだ。また、行政・学会・企業が共同で取り組み、食塩消費量を大きく削減させた「減塩対策」など、官民一体となった取り組みが必要である。
②未治療高血圧者の受診率向上においては、健康診断での受診勧奨者の医療機関への受診率向上、セルフチェックの啓発が必要である。健診後に医師・保健師から受診を勧めるだけでなく、高血圧を治療する意義を理解してもらわなければならない。
③ガイドラインの降圧目標達成率向上に関しては、国民全体で降圧目標値と高血圧治療への意識を共有する必要がある。しかし、高血圧治療のコスト/ベネフィットの研究がまだ十分でない点や、因果の逆転を理解せず「高血圧治療は必要ない」とする非科学的な意見を報道するメディアが存在するなどといった課題が残っている。また、現在は各国で降圧目標値が異なっているが、我が国では2019年4月に高血圧治療ガイドライン2019を発行予定であり、そちらを参照いただきたい。
高齢者の高血圧治療は、全死亡、脳卒中、心血管病の重篤な有害事象の発現率を低下させるということがHYVETなど複数の臨床試験で報告されている。また、50歳以上では積極的な高血圧治療が認知機能低下予防に必要であるとSPRINT MIND速報でも述べられている。我が国においては「高齢高血圧患者を対象とした、認知機能保持ないしその改善を最終目的とした血圧管理法に関する研究」において、軽度認知機能障害(MCI)患者の降圧薬の使用状況や予後について検討している最中である。

国民が振り向く仕掛け・ツール

国民全体に高血圧治療の意義を啓発するには、正確で万人に伝わるメッセージを発信することが必要である。ACCとAHAが降圧目標値を変更した時、「健康のためにはまず自身の血圧を知ることから」と全国民に向けて大々的な宣伝を行った。我が国でも、行政が中心となって、産学も巻き込みながら啓発活動を行うなど、国を挙げた血圧管理が必要である。
日本高血圧学会の取り組みとしては、社会の超高齢化が加速する我が国における高血圧の克服を目指して「みらい医療」計画を掲げている(図5)。今後、最良な高血圧診療を研究・実践し、全国民の健やかで明るい社会実現に向けた活動を展開していく。

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図5. 日本高血圧学会みらい医療計画

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