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アシは第二の心臓~独歩が人生を豊かにする~

2017年06月01日 運動
アシは第二の心臓~独歩が人生を豊かにする~
 
北里大学名誉教授・新潟南病院統括顧問 和泉 徹
 
 
  心臓はターバン状の筋肉線維の塊、ヒトの寿命は120年
 
  心臓はどのようなものでしょうか。
 通常成人の心臓は220グラムほどの筋肉の塊で、ステーキなら若者がお昼にぺろっと食べるほどの大きさでしかありません。
 その小さな心臓が、私たちの身体に血液を送るポンプとして活躍しています。1分間に約70回、1日約10万回、一生では約30億回、収縮と拡張を繰り返しています。
 この心臓は、病気にならなければ何歳まで動き続けるのでしょうか。科学的には120歳までといわれています。心臓の筋肉を動かすエネルギーを産み出すミトコンドリアのエンジンがそこまでしかもたないのです。
 これは東洋の大還暦(還暦の2倍)という考え方に一致しますし、聖書にも神様が人間の寿命を120年に決めたと書かれています。またイスラムの世界でも寿命120歳とされているように、古代の人々の認識と不思議なことに一致します。人間の寿命が120年であることを科学的に解明したのが20世紀の終りであるのに、人間は大昔から経験として知っていたわけです。実際に人類で一番長生きをした人はフランスの女性で122歳です。当たっています。
 また、21世紀になって、心臓は2メートルの筋肉の線維がターバン状に巻かれたものであるということがわかってきました。クルクルッと巻かれていて、それが実に効率よく動いています。
 心臓は通常1分間に約3リットルの血液を全身に送っています。心臓の筋肉細胞はサボり屋で、5回に1回、あるいは10回に1回サボります。だからこそ長持ちしているのです。
 しかし、走ったりするときには心筋細胞が100%活動し、ターバン状の筋肉線維がしっかり働いて、10リットルや20リットルの血液を送り出すことができるのです。
 
 心血管病の連鎖を断ち切るには予防が大切
 
 ところが人間は、この心臓に悪いことをしてしまいます。高血圧、糖尿病、高脂血症、タバコといったリスク因子が重なって心臓を肥大させます(心肥大)。あるいは動脈硬化が進みます。それが心筋梗塞や心筋障害を引き起こし、さらに心臓肥大が進み、不整脈が出現し、やがては心不全、突然死という終末へと繋がります。
 こうした心血管病の連鎖を断ち切るために、さまざまな医療介入をしてきました。しかし、こうした病気になるもっと前に、予防することができるはずです。
 ところが日本では予防診療は健康保険で認められない制度が長く続いてきました。今も基調は同じです。日本はこうしたところが遅れており、日本心臓財団をはじめとする関係諸団体は、かなり以前から循環器病基本対策法の成立を求めて活動しているのです。しかし、なかなか国会を通らないのが実情です。
 
 少子・超高齢社会の日本が抱える危機
 
 それでも福祉や医療の発達により、日本は世界に誇る長寿国として21世紀を迎えました。しかし、2005年、1億2千万人の人口が日本史上初めて本格的な減少に転じました。予想ではこの先、2060年を待たずして1億人を割り、西暦3000年にはなんと130人になるという計算もあります。絶滅の危機です。
 さらに2007年、日本では65歳以上の人口が21%を超えました。世界で初めて超高齢社会を迎えたのです。さらにその以前から少子社会が始まっています。本来、カップルが2.2人以上の子どもを育てないと人口が減少していきますが、現在は1.4くらいですから、高齢化とともに少子対策も考えなければ、この超高齢社会は危うくなります。
201705zu1.jpg
 辻氏が柏プロジェクトで示された人口ピラミッド変化(図1)を見ると、2005年ですでに、65歳以上の人口が20%、労働人口(15~64歳)が70%を割って66%になっています。労働人口は70%以上で社会の活性化が保てると言われています。しかも14歳以下の若者が15%を割っていますから大変な事態です。
 そして団塊の世代が75歳以上になってくる2025年には、65歳以上の中で75歳以上の割合のほうが多くなり、労働人口が60%を割って若年層が10%を割ってきます。ですから、高齢者対策とともに子育て環境の問題が大変重要になってきています。つまり少子と超高齢対策は一体的に動かねばなりません。
 このままでは、2055年には65歳以上の人口が40%を越える計算になります。こうした現象を人口のオーナス現象と言います。このままでは2055年に介護に必要な人材は253万人を必要とすると予想されます。現状維持のままでは労働人口の減少などにより計算上30万人足らなくなります。
 それを解決するためには、看護や介護の配置を効率的に考えていかなければなりません。現状では高齢者が認知症やフレイル(後述)の進んだ段階で、医療介入効果が少なく介護負担が大きくなってから始めて介護のプロが関与しています。これでは介護プロの数がますます足りなくなることになります。
 セルフケアの度合いを増やし、高齢者が自立することで、プロにはアドバイスや本当に困った時にお手伝いしてもらうようにすることが肝要でしょう。
 
 フレイルが進行すると歩くことができなくなる
 
 最近、フレイルといった言葉が頻繁に出てきます。3年ほど前に日本老年医学会が、今まで衰弱とか、弱ってきているとかいった高齢者に対する表現を、英語のFrailtyからとったフレイルというカタカナにして、イメージを柔らかくして提唱しました。そうしたら厚労省や内閣府も使い出して、今や一般的な言葉になりつつあります。
 フレイルでは身体的なことを強調していますが、心理的・精神的なフレイルもあります。認知症も含みます。さらに社会的な引きこもりが出ると社会的フレイルと言います。しかし、医療の世界で、私たちが一番関与することが大きいのが身体的フレイルです。201705表1.jpg
 身体的フレイルの診断基準(表1)として一番わかりやすいのが、歩くスピードです。1秒間に1メートル歩けるかどうか、そしてそれを10メートル続けることができるかどうか、そこが基準になります。
 フレイルは年齢とともにやってくるきわめて生理学的な現象です。そしてある時期から独立歩行ができなくなる、ということで顕在化してきます。
 フレイルを加速する要因はたくさんあります(図2)。なかでも脳卒中はその人の持っている本来の力を半分以下にしてしまいます。そして不活性化。高齢者に過度の安静を強いると1日あたり0.2メッツの運動能力を奪うと言われています。ほとんどの高齢者が3から4メッツくらいで生活されていますから、0.2メッツずつ3日間奪われたら大変大きな運動能力の低下になります。メッツは身体活動の強さを表す単位で、安静時を1メッツとしています。
 また心臓病を起こすと、心不全が進み、フレイルが加速し、独立歩行が危うくなります。201705図2.jpg
 
 アシは第二の心臓:心臓リハビリは足を鍛える
 
 私は北里大学病院で多くの心臓病患者さんを治療してきました。そして気づいたことは、多くの患者さんが退院時に自分の足で歩いて帰れなくなるのです。それはおかしいと、心臓リハビリテーション活動を強力に進めました。心臓リハビリというと心臓を鍛えるのかと思われますが、そうではありません。足を主に鍛えます。それはアシが第二の心臓だからです。
 その心臓リハビリの結果、壮年者の方でも高齢者の方でも、筋力が3ヵ月で著明に改善しました。バランスに関しては、高齢者の場合、改善に6ヵ月を要しました。足の筋肉をトレーニングするだけでなくバランスをとることを一緒に行うと回復力が増してくることもわかりました。
 最近、発表したデータですが、虚血性心臓病の患者さん1300名を10年間きちんと追跡した結果、その人の予後を決めたのは病気の広がりでも病気の重症度でもありません、アシの健康度だったのです。アシが第二の心臓であることがこれで証明されたのです。
 最近、平均寿命と健康寿命にギャップがあり、健康寿命を延ばそうと言われています。では、健康寿命の終りはどこでしょうか。介護認定になったら、そこが健康寿命の終わりでしょうか。要支援でも、要介護状態でも元気に生活しておられる方がたくさんいます。健康寿命が終わりになるのは独立歩行が危うくなった時ではないか、と私は考えています。
 片側2車線道路の横断歩道が青信号のうちに渡れなくなる、これはどういうことかというと、街でのお買い物ができなくなったということです。食事を取りに行って食器を返すことができない。これも人間の生活の基本に関わる非常に大切な問題に抵触するようになったということになります。それからトイレ歩行が危うくなる。トイレでは人は非常に複雑なことをしています。身体の向きを変え、手を使った細かい動作があります。このトイレにちゃんと行って来れるかどうか、これは根源的な見極めになります。これらができなくなると独立歩行が危ういと考えます。
 
 立歩行を目指したリハビリ:DOPPOプロジェクト
 
 私は北里大学教授の退職を機に、この高齢者に対する独立歩行での退院を目標にしたリハビリ介入(DOPPO:Discharge Of elderly Patients from hosPital On the basis of their independent gait)に取り組むことにいたしました。この考えを受け入れてくれたのが新潟南病院です。
 対象の患者さんは、参加時に30メートル歩行が怪しい(横断歩道が渡れない)、片足立ちが5秒続かない、トイレ歩行が危うい人たちです。この方々をDOPPOプロジェクトにより、300メートル歩行、すなわち買い物に行こうという目標で実施しています。
 実際に行う運動をいくつか紹介しましょう。基本的には器具を使わず、壁を使った壁運動が主体です。
 ストレッチ、バランス、筋力アップ、有酸素運動(歩行)が基本となります。 
 1)ふくらはぎのストレッチ:壁に手を付き、前後に足を開き、つま先はまっすぐ前に向けて、前方の足の膝を曲げて、後方の足のふくらはぎを伸ばします。1回10秒間、左右2回ずつ、息をゆっくり吐きながら、反動をつけずにゆっくり伸ばします。
201705図3.jpg
 2)スクワット(屈伸):壁に手を付いてまっすぐ立ち、腰を伸ばしたままゆっくり屈伸をします。足の屈伸を合計20回行います。腿のところに「お、来たな」という感じが来るまで膝を曲げ、ゆっくり伸ばします(図3)。
 3)かかと挙げ:壁に手を付いてまっすぐ立ち、姿勢をまっすぐにしたまま、かかとを挙げます。合計20回。挙げたかかとを下げるとき床につけず、また挙げてください。
 4)継ぎ足バランス:前足のかかとに後ろ足のつま先をつけるように、足を前後に揃えて立ちます。最初は壁に手を付いて、それから手を放して1回10秒間、左右の足を変えて1回ずつ行います(図4)。意外と難しいです。できるようになったら、これで歩行します。
201705図4.jpg
 5)片脚立ちバランス:壁に手を付いて片脚を挙げます。無理のない範囲でゆっくり手を放します。1回10秒間、左右1回ずつ行います。皆さんは片脚でどのくらい立てますか。若い人でも5秒くらいしかできない人もいます。60秒が目標です。片脚バランスはインナーマッスルを鍛えることになります。
 6)有酸素運動:歩行が中心ですが、ややきついと感じる程度まで行います。
歩き方の注意点は6つあります。①視線をまっすぐに、②背筋を伸ばし、③手を大きく前後に振って、④膝を伸ばし、⑤つま先を挙げて、⑥歩幅を大きく歩きます。
 こうしたリハビリで重要なことは、安全かつ有効ということです。医師、看護師、理学療法士をはじめとしたチームで行っています。
 
 DOPPOプロジェクトの効果で豊かな人生に
 
 100人の高齢者にこのDOPPOプロジェクトを行いました。平均年齢はなんと82歳です。この超高齢者の方々がリハビリで筋力もバランスも歩行も著しく改善しました。ほとんど寝たきりになりそうなところから始めて、40%強が6分間で300メートル歩けるようになりました。そうです。お買い物に行けるようになったのです。
 私たちのDOPPOプロジェクトは、サルコペニア(筋力低下)を改善し、身体的フレイルを克服し、身体活動をよくして精神・心理的フレイルまで改善しようとしています。確かに患者さんの表情が変わって活き活きとしてきます。そして見守るだけのセルフケアで買い物を楽しむことができるようになります。その後の1年経過を見ても、リハビリ効果の高かった人は死亡も再入院もありません。元気にお過ごしになっています。
 病気をしっかり治療した上で、歩けるということに特化した形で健康寿命を伸ばしていくことが私たちの提案です。独歩ができるようになれば寿命が健康寿命に近づき、気持ちのよい生涯を送ることができると思っています。
 疾病の予防は重要ですが、その一方でフレイルを予防し、歩くことができるようにすることも重要です。セルフケアが向上すれば、医療・介護費が3分の2程度まで減少するという計算もできます。
 
 独立歩行で高齢者の方々がハッピーな人生を送り、さらにエレガントな終末を迎えられるよう願いを込めて、お話を終わります。
 
 (2017年4月21日:公益法人協会 第51回「知」の交流サロンご講演より) 
2017.06.01掲載

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