日本心臓財団刊行物

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耳寄りな心臓の話(70話)『潮目に発症する心内膜炎』

『潮目に発症する心内膜炎

川田志明(慶應義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)

白い川と黒い川が合流して大河となるアマゾン川ですが、70kmにもわたって混じり合うことなく帯状に流れ、その境には魚が多く群がっています。日本の太平洋岸では黒潮と親潮がぶつかる潮目にもプランクトンが繁殖して一大漁場となっています。一方、人体では血流に侵入した細菌は敗血症を発症させ、弁膜症や短絡部のジェットによる心内膜損傷部で増殖して感染性心内膜炎に進展します。このように、短絡の発生する欠損孔付近では動脈血と静脈血が勢いよくぶつかり、ここで大きくなる菌魂はまるで白い川と黒い川、黒潮と親潮の潮目に群がるプランクトンや魚群に似ているといえます。

白い川と黒い川
 アンデス山中の源流からブラジル北部を貫流して大西洋に注ぐアマゾン川は、長さ6,500km、川幅は河口で100kmもあり、水量・流域面積ともに世界第一の大河です。隣国コロンビアのジャングルの堆積物を浸透して集まったコーラのような水が黒い川となり、ペルーのアンデス山脈から鉱石を解かして流れ出た白い川とが合流するものの、混じり合わないで70kmにもわたって帯状に流れています。30年も前になりますが、ブラジルの首都ブラジリアで搭乗してアマゾン川の中程にある都市マナウスに着陸する航空機はアマゾンの真上をしばらく飛行し、壮大な二色の流れを確認できました。この地方でいう「アマゾンの如く」は、大きいという意味ではなく「相まみえない、簡単には混ざらない」という心意気をいうのだと、旅行中に耳にしました(図1)。70図1.jpg
 先年開催された国立科学博物館での「大アマゾン展」での説明でも、浸透圧など性質の異なる潮流が接して川面にできる帯状の潮目にはプランクトンが繁殖し、ピラルク、ピラニア、デンキウナギ、アロワナ、オオナマズなど多くの魚が群がり、格好の漁場なのだとありました。「生きた化石」とも呼ばれるピラルクの大きな鱗にはコンドロイチンが豊富で、時には危険な肉食のピラニアは外観も味もエボ鯛に似て美味しく、瞬時に700V×1Aを発電するデンキウナギがランプを点滅させるのを見学したものでした。


暖流(黒潮)と寒流(親潮)
 ベーリング海からカムチャッカ半島、千島列島に沿って南下しオホーツク海にいたる寒流は水温は低く塩分は薄めで、栄養塩に富んでおり、多くの魚類を育てる親元という意味合いから親潮とも呼ばれています。この寒流がフィリピン群島から日本列島の南岸を流れる黒みがかった色合いから黒潮とも呼ばれる暖流と三陸海岸沖の太平洋上でぶつかり、その潮目は一大漁場となっています。この潮流のぶつかりあいによって海水の上下の混合が起こり、境目に発生する湧昇流が海底から栄養分を運び上げプランクトンや藻類など魚の飼料浮遊物の繁殖が盛んになるため、寒暖両系の魚群が密集して有利な漁場になっているということです。三陸海岸沖の太平洋上は日本海側の対馬暖流④や津軽・宗谷暖流⑤に比べて有利な漁場とされますが、近年、近海を漁場とする日本の小型船と公海を漁場とする台湾や韓国の大型船との漁獲量の大きな差が問題とされています(図2)。70図2.jpg


静脈血と動脈血70図3.jpg
 人体には動脈血、静脈血という2種類の血液が別々の血管を通して循環しています。心臓の右心系に戻り肺に送られた静脈血は肺胞でガス交換して酸素を多く含んだ真っ赤な動脈血となって、左心室から拍出されて全身を循環し、各臓器に酸素を運んだ後は二酸化炭素を多く含む静脈血となって右心房に戻ります。血液は糖、脂質、アミノ酸、たんぱく質などのエネルギーを運搬する高栄養の液体でもあります。この循環している栄養豊富な血流に細菌が侵入すると、増殖して菌血症となり、さらに敗血症に進んで心臓内で感染性心内膜炎を発症することがあります。
 心内膜は心臓の内腔表面を覆う薄い膜で、組織学的には単層扁平上皮からできていて、血管内皮に連なり、弁膜はこの膜が肥厚特殊化した構造物です。弁膜症の逆流や狭窄によって発生するジェット血流による内膜損傷部や、生まれつきの欠損孔があって動脈血と静脈血とが勢いよくぶつかる境目にも内膜損傷部ができ、この損傷部に細菌が集まって菌塊を作り感染性心内膜炎が発症します。
 起炎菌としてはレンサ球菌が最も多くブドウ球菌がこれに続くのですが、時にはリケッチャや糸状菌の感染のこともありますので、細菌性と限定せず広く感染性心内膜炎infective endocarditisと呼んでいます。
 同じ欠損孔でも左房圧6、右房圧4mmHgなどと圧差の少ない部位に生ずる心房中隔欠損症などでは欠損孔も比較的大きく、したがって左から右への短絡血の流速がそれほど早くなくて、ぶつかり合いも少ないためか心内膜炎の発症は少ないのですが、左室(大動脈)圧120、右室(肺動脈)圧26mmHgといった圧差の大きい心室中隔欠損症や動脈管開存症では勢いあるジェット血流のために内膜損傷が欠損孔付近に生じて、ここに菌塊を形成しやすいとされています。このように欠損孔や逆流によって生じるジェット血流のために内壁膜面にできた傷が心内膜炎発症の大きな因子になっていると思われ、一方では動脈血流と静脈血流がぶつかる境目に細菌が集まって菌塊を作るのだということが考えられます。海や川の潮目と一脈相通じるところがあるという話です(図3)。菌塊の一部が肺動脈や大動脈に流れ出て塞栓症を起こすこともあります。実際、感染性心内膜炎の20%程度に脳塞栓症を合併し、中には細菌性脳動脈瘤が発生して破裂し、くも膜下出血に進展する例も稀にみられます。


歯周病菌と連鎖球菌
70図-4.jpg 細菌が血中に入るのは扁桃腺切除術、内視鏡検査、泌尿器科処置、婦人科的処置などでも起こりますが、なんといっても歯科治療後に発症する感染性心内膜炎が断然多いのです。歯科処置自体が危険ということではなく、健常者では問題ないのですが、たまたま弁膜症や中隔欠損症を持った人が歯科処置を受けると感染性心内膜炎を起こすことがあるので注意が必要ということです。実際に歯の悪い人が多く、血をみるような歯科処置を受ける機会も多い結果と思われます。
 ところで、抜歯や歯周病の治療、歯ブラシなどで生じた小さな傷口から侵入した歯周病菌が血管内で増殖して感染性心内膜炎を引き起こすことが考えられがちですが、実のところレンサ球菌が62%と最も多く検出される一方で、数百種ともいわれる歯周病菌の検出されることは非常に少ないのです。不思議なことですが、これらの歯周病菌は結合組織や口腔上皮細胞内に侵入することは報告されていますが、血液培養で検出されることはなく、どうもこれらの口腔歯周病菌はレンサ球菌が血管内へ侵入する経路を提供する前立ちのような役割を演じているのではと考えられます。いずれにしても、細菌感染の機会を減らすためには、歯周病は治さなければなりませんし、未治療の弁膜症や中隔欠損症を持っている人が歯科治療を受ける際には、感染性心内膜炎を予防する意味で歯科治療を受ける前から慎重に抗生物質などの投与を受けるべきということになります(図4)。

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