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耳寄りな心臓の話(69話)『PD診断に心筋シンチが切り札』

『PD診断に心筋シンチが切り札

川田志明(慶應義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)

加齢とともに増加する神経疾患として、(アルツハイマー型)認知症についいで多いのがパーキンソン病(Parkinson disease, PD)です。手足の震え、緩慢な動作、前傾姿勢、小刻み歩行など特徴的なPDは、中脳の黒質線条体の変性によるドパミン不足が原因とされています。似かよった神経疾患が多くあって鑑別診断は時に難しいのですが、なんと心臓病診断に用いている心筋シンチ(グラフィ)がPDの早期判断に有効だというのです。心臓病診断の花形検査法だった心筋シンチも、冠動脈造影法や超音波法などに押されて利用が少なくなり、いきおい、神経疾患の鑑別診断に活用されるようになり、「庇ひさしを貸して母屋を取られた」形になってしまったようです。その反動でもないのでしょうが、今度はPD治療に用いるドパミン作動薬の一部に心臓弁膜症を発症させる可能性のあることが報告され、心臓超音波法(心エコー)による定期的なチェックが必要ということで、心エコーの庇にも手が回りそうなのです。69図-1.jpg


パーキンソン病と類縁疾患
 脳出血では延髄の錐体で左右交差する運動神経が侵されて半身麻痺が起こるのですが、PDではその錐体路の外を通る錐体外路系の黒質線条体で起こるドーパミン不足のために、静止時に強くなる震えの振戦(しんせん)、一度握った手が開きにくくなる筋強直(きんきょうちょく)、緩慢な動作、身体の平衡を保てない姿勢反射障害などが起きます。中でも無意識に親指と人差し指で丸薬をこねるような運動(ピールローリング、丸薬まるめ運動)が特徴的で、他にも表情が少ない仮面様顔貌、瞬きの減少、小声で早口、前傾で四肢を屈曲した姿勢、小刻み歩行、突進歩行、方向転換困難などが出現します。早期から頑固な便秘があり、進行すると排尿障害、低血圧などの自律神経症状も出てきます。日本では10万人当たり約100人、千人に一人の有病率とされています。(図1)
 一方、パーキンソン症候群(PS)と呼ばれるのはPDに似た様々な症状を来たす疾患の総称で、中心となる神経変性疾患のほか、薬物、脳血管障害、感染、外傷、代謝障害などによる一時的なものも含まれます。中でも、患側への偏位歩行、誤示、断続性発語などの小脳性運動失調を主症状とする多系統萎縮症や眼球運動障害、動作の緩慢など錐体外路系症状を呈する進行性核上性麻痺なども振戦を来ますので、PDとの鑑別が重要です。


心臓を囲む自律神経
 自律神経は交感神経と副交感神経で構成され、意思とは無関係に血管・内蔵・汗腺などを支配し、生態の植物的な機能を自動的な調整しています。具体的には、交感神経は心臓を含めた内蔵諸器官に分布し、副交感神経に拮抗して内臓の働きをコントロールしています。交感神経はほぼ全ての血管を収縮させて血圧を上昇させ脈を早め、副腎髄質でのアドレナリン分泌を促します。さらには、瞳孔を散大し、消化器系や泌尿器系を抑えて身体活動や運動に都合のよい状態を作り出します。このように、交感神経の活動は、生体の闘争(とうそう)と逃走(とうそう)( ファイトとフライト fight and flight)のための神経活動ともいわれますが、生命の危機に曝されると一段と強く作動するからです。
 心臓に分布する左右の交感神経は結合して上行大動脈を包み、心臓神経叢を形成し、副交感神経である迷走神経の心臓枝が心臓神経叢に合流します。このように、心臓は前後左右を自律神経に取り囲まれ、良くも悪くも自律神経によって雁字(がんじ)がらめの状態になっているのが分かります。(図2)69図-2.jpg


庇を貸した心筋シンチ
 心臓の自律神経とくに交感神経障害を調べる検査に、放射性の123I-MIBGを用いた心筋シンチグラフィがあります。MIBG(メタヨードベンジルグアニジン)はノルアドレナリンと化学構造が類似する化合物(アナログ)で、静脈注射されたMIBGは特異的に交感神経末端にあるノルアドレナリン貯蔵顆粒に蓄えられます。
 このように、123I-MIBGは主に心筋の交感神経イメージング剤として、狭心症や心筋梗塞、心筋症、糖尿病性心臓病などの心筋交感神経障害の評価に用いられてきました。中でも、急性心筋梗塞や不安定狭心症例では病変部位に一致して123I-MIBG欠損像が認められます。ところが、PDでも90%前後の例で、123I-MIBGの心臓への集積が低下するとの報告が相次いでいます。すなわち、PDにおける自律神経障害の責任病巣は脳と交感神経節より遠位の節後性交感神経にあり、そのため節後性心臓交感神経障害を評価する123I-MIBG心筋シンチ検査を行うと、不安定狭心症や心筋梗塞例に見られるような局所的な集積低下とは異なり、PD例では心臓全体へのMIBGの集積が低下して心臓部分が抜けたような画像が得られます。一方、PDの一部に含まれるレビー小体型認知症をのぞき、アルツハイマー型認知症を含めた多くの神経疾患ではMIBGの心臓への集積がほぼ正常に認められることから、PDとの鑑別診断に有用な検査法とされています(図3)69図- 3.jpg


PDに悩まされた著名人
 PDの薬物療法も大きく進歩し、補充療法であるエル・ドーパ(L-DOPA) が著効し、ドパミン受容体刺激薬、抗コリン薬も有効とされていますが、それでも日常生活ではかなりの制約のあることが予想されます。その中で、著名な方々(敬称略)がPDという難病と闘いながら活動された記録の数々がみられます(図4)
EH.エリック:弟はタレントの岡田眞澄さん。英語フランス語が堪能で、50 年前の1966年、ビートルズ来日公演で司会を担当。PD発病のため、三姉妹が日本とハワイをリレーケアしましたが、ハワイで71際で死去。
永六輔:作詞家、タレント、随筆家。パーソナリティーを務めるTBSラジオの「永六輔の七転八倒九十分」を、2009年にPDを発病するも2016年6月までの約50年間も続け、翌7月7日に死去。
江戸川乱歩:古くは探偵小説、新しくは推理小説の草分け。PDに罹患するも創作意欲は衰えず家族に口述筆記させて、論評や著作を行い、71歳で死去。
岡本太郎:大阪万博(1970年)の「太陽の塔」のほか「芸術は爆発だ!」などの独特の芸術論で知られる画家。80歳でPDを発病し、呼吸不全により1984年、84歳で亡くなった。
キャサリン・ヘプバーン:ハリウッド女優でオスカー演技部門で4回も受賞し、PDに罹患したが、96歳で老衰のため死去。
小森和子:映画評論家・小森のおばちゃまで有名だった。晩年の10年間はPD・鬱病などを患い、95歳で自宅で死去。
三浦綾子:作家。朝日の1,000万円懸賞小説に入選した「氷点」が代表作で、結核、カリエス、70歳からはPDと度重なる病魔と闘いながら、1999年、77歳で多臓器不全により死去。
モハメド・アリ:元プロボクサー。ローマ五輪でライトヘビー級金メダリスト。引退後の42歳でPDを発病しながらも、社会にメッセージを発し続け、2016年、74歳で死去。

69図4.jpg
PD治療薬による心臓弁膜症
 麦角系ドパミン作動薬(ペルゴリド?、カベルゴリン?など)を服用中のPDに、心臓弁膜症を来す可能性のあることが内外から報告されています。ドパミン作動薬のうちの非麦角系ドパミン作動薬(タリペキソール?、ロピニロール?など)を服用中の155例と対照者90例を対象に心臓超音波検査を実施したところ、麦角系ドパミン作動薬服用者で約25%に僧帽弁あるいは大動脈弁に臨床的に重大な逆流(中等症から重症)を認められたのに対し、対照者では5.6%、非麦角系ドパミン作動薬服用者では全く逆流が認められなかったというイギリスの施設からの報告です4)
 国内からも、僧帽弁逆流の認められた6例で麦角系ドパミン作動薬の服用を中止したところ、2例で明らかな弁膜症の改善が確認されたといいます。原因としては麦角系ドパミン作動薬は心臓弁に存在するセロトニン2Bレセプターに対して促進作用があり、このレセプターの活性化が組織の繊維化を促すことが分かっており、このような弁尖の繊維化によって起こる閉鎖不全と考えられ、さらに、心臓弁膜だけでなく心筋自体にも影響を及ぼす可能性があると結論づけています5)
 このように麦角系ドパミン作動薬服用中のPD症例では心臓弁膜症発症の可能性があることから、ドパミン作動薬を服用中のすべてのPD例に心臓超音波検査(心エコー)による定期的な観察が必要とされています。
 いきおい、PD治療に携わる神経内科医にとっては、心筋シンチによる鑑別診断のほか心臓超音波法による定期的な心臓弁膜の観察など循環器内科医もどきの試練を強いられるということになります。
 PD診断に心筋シンチが多用され、「庇(ひさし)を貸して母屋を取られた」形になったところに、今度はドパミン作動薬に心臓弁膜症の併発が散見されることから、いずれは心臓超音波検査法の庇も狙われるかも知れません。少し、了見の狭い話になってしまいました。


参考文献
1) W.R. ガワーズ:「神経疾患マニュアル」
2) 柿沼由彦:「心臓の力:休めない臓器はなぜ「それ」を宿したのか」講談社ブルーバックス、新書。
3) 小坂憲司、織茂知之:「パーキンソン病、レビー小体型認知証がわかるQAブック」図表21
4) R.Zanetini et al:Valvular Heart Disease and The Use of Dopamin Agonist for Parkinson's Disease. January 4. 2007 vol.356 No.1 New England J of Med
5) 谷脇貴博ほか:麦角系作動薬内服中に僧帽弁閉鎖不全を合併した2例Tokushima Red Cross Hospital Medical Journal Vol12 No.1 123-27 March 2008
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