心筋炎・心膜炎とは
心筋炎は、心臓の筋肉(心筋)に発生した炎症です。心臓は心筋線維がターバン状に巻かれてつくられた臓器です。その心筋組織に何らかの原因により炎症が起これば、心臓のポンプとしての働きが低下したり(心不全)、危険なリズム異常が発生したりして(心ブロックや致死的不整脈)、患者さんの生命や生活を危険に曝すことになります。心筋炎は怖い病気のひとつです。
心臓は二重の漿膜(心膜)に包まれています。心膜は柔らかいテニスボールが押しつぶされた形状で袋(嚢)をつくります。その上に心臓が置かれ、心臓のほぼ全体を密に包み込んでいます。テニスボール状の二枚の心膜の中は心嚢と命名されています。リンパ組織として、また心臓運動の摩擦を軽減する機械的組織として機能しています。心嚢の中には少量のリンパ液が入っています。何らかの原因で心嚢に炎症が発生すると「心膜炎」とか「心嚢炎」とか呼ばれます。
急性心筋炎
いままで元気で生活していた患者さんが、かぜ症状を契機に数日後には突然胸痛に悩まされたり、心不全を起こしたり、さらにはショックを起こしたりします。最悪のケースでは死亡することもまれにあります。心臓突然死の有力な原因のひとつが急性心筋炎です。
急性心筋炎では心筋にウイルスなどが感染して発症します。代表的な例を幾つか紹介しましょう。まずかぜ症状が3~5日先行します。その後に、不整脈や急性心筋梗塞様胸痛、それに心不全やショックなどの重い症状へと続きます。もちろん、かぜ症状だけに留まり、心症状や全身症状に至らない患者さんも多くいます。また先行する症状がはっきりせずにいきなり心不全やショックで発症する患者さんもいます。今なお早期診断が難しいためにベテラン医師を悩ませる病気です。したがって、適切な初期対応が遅れてしまうことがあり、社会問題化しています。そのような背景に加えて、心筋炎の中で死に至るほど急激に病状が変化する心筋炎があります。「劇症型心筋炎」と呼ばれています。30年前までは救命もできませんでした。今も救命率は約50%に留まっています。
心筋炎の発症頻度は定かでありません。人口10万人に対して115人という調査結果があります。そのうちのどれくらいの患者さんが劇症型心筋炎へ移行するかは今のところもまったくわかっていません。
もう一つ、心臓の炎症疾患として急性心膜炎があります。心膜炎は心膜や心嚢に炎症が起こる病気です。心膜炎になると、胸痛が起こるとともに、心膜液が過剰に増えて心嚢がテニスボール状に膨らみ、心臓のポンプ作用を悪くします。心タンポナーデと呼ばれます。また、急性心膜炎と心筋炎が合併することも間々あります。心膜・心筋炎と呼ばれます。
病因ウイルスはかぜウイルスと同じ
急性心筋炎や急性心膜炎の原因となるウイルスは、かぜや胃腸炎などを起こす病因ウイルスと同じものが多いことが知られています。最初は喉の痛み、咳、発熱などですが、やがて胃のむかつき、腹痛、下痢、筋肉痛、全身倦怠感などの消化器症状や感染症としての全身症状が出てきます。繰り返しになりますが、急性心筋炎の症状は、症状のはっきりしないものから、かぜ様、不整脈様、急性心筋梗塞様、心不全、そしてショックを伴うものまで様々です。ベテランの医師でも戸惑うほどの多様な症状、多彩な病像です。特に、劇症型心筋炎です。この致死的な心筋炎では、かぜ症状から一転して手足が冷たくなるとか、言いようのない体のだるさに襲われるとか、悪性の不整脈が現れ、極端な例では失神やショック、重症な呼吸困難に陥るといった重篤な急性心不全病状へと激変してしまいます。
心筋細胞は他の臓器と違って再生しない細胞です。炎症によって心筋細胞が壊される範囲が広がると心臓のダメージが急速に拡大されます。心筋炎による臨床症状は、心筋が壊れるといった器質的障害と重い炎症による機能的心臓ポンプ力の低下という二つの障害が重複して起こり、心臓ポンプ作用の極度の低下や心停止といって心臓がまったく動かなくなることがあります。こうなると、急性心筋炎が何とか治癒した後も、心筋のダメージが残り、慢性心不全に苦しむことにもなります。
心膜炎の症状は発熱、全身倦怠感といった全身症状のほかに、鈍痛を胸部に長く感じることがあります。急性期を脱すれば、むしろ怖いのは慢性期です。炎症による広範な心膜の線維化から心臓のポンプ力が低下し、独特の右心不全を発症します。収縮性心膜炎と呼ばれます。
かぜでも胸に異常を感じたら早期に受診
「かぜは万病のもと」とはよく言ったものです。かぜ症状を軽く考えてはいけません。頭の片隅にまれであっても急性心筋炎や心膜炎といった病気があることを記憶しておいてください。この病気は子どもから高齢者まで、誰でも罹る可能性があります。かぜ症状から胸の異常を感じたり、不整脈を感じたり、あるいは極度の頻脈や徐脈に気づいたら早期に医療機関に受診することを勧めます。
急性心筋炎の検査は、まず血液中の心筋トロポニンTを測定します。心筋トロポニンTは心筋組織が壊れると血液中に出てくるものです。そして心電図や心エコー図検査です。疑わしい場合には数時間の間隔で二回行い、前後で患者さんの症状と比較しながら所見を較べてみましょう。確定診断には心臓カテーテルで心筋細胞を少量採取し、病理学的検査をする必要もあります。
心肺補助循環装置
劇症型心筋炎は100年にわたって救命できない心筋炎として知られてきました。致死的心筋炎です。20年ほど前から心停止や極端な低心臓ポンプ機能に陥った患者さんに一次的に強力な心肺補助循環装置を装着することにより、救命できる症例が現れるようになりました。代表的な装置がPCPS(カテーテル治療)やLVAS(人工心臓)です。適切な初期対応が発動されると、専門病院では半数以上の患者さんが救命されるように漸くなりました。約5日間でPCPSから離脱できないと、LVASが装着される場合があります。しかし、長期に装着した患者さんの成績は未だ不明のままです。
妊娠と期外収縮、小学校の心電図検診でQS型といわれた、不整脈と弁膜症で心不全に、狭心症の疑いなど、日本心臓財団は7,500件以上のご相談にお答えしてきました。