日本心臓財団刊行物

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耳寄りな心臓の話(第51話)『喉仏は心臓よりも大事か』

『喉仏は心臓よりも大事か  
 
川田志明(慶應義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)
 
 
51図1.jpg あの世に渡るには西では心臓が、東では喉仏(のどぼとけ)が大事だという話を聞きます。それというのも、古代エジプトでは心臓の重さで冥界で生き続けられるかどうかが決められ、仏教では喉仏が綺麗に焼き上がると、四十九日を待たずに極楽浄土行きが決まるといわれているからです。心臓に神が宿ると長い間いわれてきたのですから、喉仏に仏が宿ってもおかしくはないのですが、生身の喉仏が喉の前面にあるのに、末期には背骨の軸椎になってしまうのはどうしてでしょうか。
 
喉仏とアダムのリンゴ
  喉の突起は甲状軟骨が隆起したもので喉仏とも呼ばれていますが、思春期に達すると男性ホルモンの分泌が盛んになり、第二次性徴の表れとして喉頭の枠組をつくる軟骨が急激に発達して声帯の長さや厚みをまして声変わりが起きます。このため、変声期の終わった男性では特に発達してみえます。軟骨部だけを取り出してみますと、座禅したお坊さん、お釈迦さんや阿弥陀さんの結跏趺坐(けっかふざ)した姿にみえないこともありません(図1)
51図2.jpg  一方、西洋では同じ喉の隆起をアダムのリンゴと呼んでいます。神が創造した人類の始祖アダムが、蛇に唆(そそのか)されて禁断の善悪の知識の実であるリンゴを口にしてしまい、神に見つかって慌てて飲み込んだところ、喉に引っ掛かって腫れでたというのです。神の戒めに従わなかったために妻のイブとともにエデンの園から追放されてしまいましいたが、その贖罪を救世主のキリストが背負ったという話です。このように洋の東西で、外からも目立つ喉元に宗教教義の一つを置いているのは偶然のことでしょうか(図2)

極楽、冥界への切符
  仏教では死後は49日間にわたって7日ごとに生前の善行悪行を問われるとされ、その「審判の日」ごとに故人のための善行をと法要が営まれるのだといいます。そして最後は地獄の大神であり冥界の総司とされる閻魔大王の水晶の鏡に写し出されて、極楽行きか地獄落ちかが決められるとされています(図3)
  ところが、仏の宿る喉仏がきれいに焼き上がると善行の現れと認められて、49日を待たずに極楽浄土行きが保証されるというのですから、うまく焼け残るには程々の骨密度と火加減が重要です。このため、骨揚げでは喉仏だけは特製の分骨壷に入れられ、検定済みといわんばかりに骨壷の最上段に置かれます。もっとも、極楽世界を主宰する阿弥陀さんにすがって、「南無阿弥陀」と念仏を唱えることで地獄落ちから救われ、蓮花台の上に九品の座の一つを与えられるのだといいますから、最期に至ってもいろいろと選択の余地はありそうです。
 一方、古代のエジプトの信仰では心臓だけは死後も冥界で生き続けると考えられていました。このため、ミイラ造りでは他の臓器は処理されてしまいますが、心臓だけは残されました。といいますのも、「心臓の計量の儀式」においても、もし天秤にかけられた心臓が真理を司る女神マアトの頭上を飾るダチョウの羽よりも重いと、塊が罪で重いと判定されて、直ちに妖獣アメミットに食べられて消滅してしまうと記されています(図4)51図3と4.jpg
  時代が移ってもキリストの聖心はもちろんのこと、心臓がなければ冥界での約束事は実行されないと考えられてきました。西洋では近代に至っても火葬は受け入れられず、多くが土葬のままなのはこのためなのでしょう。ウィーンのホーフブルグ宮殿近くにあるカプツイーナ納骨堂には、ヨーロッパで長く権勢を誇った名門・ハプスブルグ家の代々の皇帝・皇后やその子孫らが埋葬され観光名所となっていますが、103個もの石棺とともに幾つもの心臓だけを納めた壺が見られるといいます。
 
喉仏の変身
51図5.jpg  医学生の時になくした父親の骨揚げでは不思議に思わなかったものの、一人前になってから母親の骨揚げでもよく焼き上がりましたと喉仏を見せられ、意外に思えました。軟骨のはずが焼け残り、脊椎骨の特徴を備え、たしかに座禅しているお坊さんにそっくりでした。解剖辞典で確かめるまでもなく、頭部を支えて首の回転にあずかる上から二番目の脊椎骨、軸椎であることがわかりました。甲状軟骨は焼けて溶けてしまいますが、軸椎骨であれば骨密度さえ保たれていれば、程よく焼け残って結跏した仏さんの姿が出来上がるのだと想像できました(図5)
 日本でも古来土葬が行われてきましたが、仏教とともに伝えられた火葬が普及しました。都市部の多くは火葬ですが、土葬の地域も残っており沖縄や奄美群島の一部では今でも土葬の数年後に骨を掘り出して海水で洗い清めて葬りなおす「洗骨改葬」が行われていると聞きます。霊廟に横たえて安置すると、時が経るにしたがって全身が朽ち果て甲状軟骨も消えて骨だけになるはずですが、首の同じ高さのところに地蔵さんのような軸椎骨を見つけて、これぞ喉仏ということになったのでしょう。
  頸椎の一番目は環椎(かんつい)と呼ばれ、重い頭蓋骨全体を支えていることから天をかつぐ巨人神椎が回転して頭を左右に振ることから軸椎(じくつい)、アクシスaxisと呼んでいます。自動車の追突事故やスポーツ外傷でなどでは、この環軸椎亜脱臼や骨折などの重症例が見られ、早期治療が必要となることがあります。末期の裁断のためにも、背骨の喉仏の形を整えておくのが賢明というものです。
 
仏舎利とパゴダ
51図6と7.jpg  東南アジアの仏塔はパゴダと呼ばれ、インドのストゥーパ(卒塔婆)から変化発展したもので、中国のラマ塔や日本の五重塔なども仏塔の一つで、すべてお釈迦さんの遺骨である仏舎利を納めることを目的としたものです。しかし、ミャンマーのパガンのパゴダ群は大小3000基以上もあるといいますが、その各々に仏舎利が行き渡っているかが心配です(図6)。現存する世界最古の木造建築物で世界文化遺産にもなっている法隆寺は金堂・五重塔、夢殿などからなり、607年聖徳太子の開基創建とされています。仏教で万物を構成するという五つの要素、地・水・火・風・空をかたどって5層に造られることが多く、心柱の基には仏舎利が納められているとされてきましたが、何回かの補修で不明になっている塔も多いようです。深い意味も分からずに1300年という悠久の歴史を感じる法隆寺の五重塔の美しさに惚れ込んで、1/40模型をつくったことがあります。3か月ほどかかったのですが、まね事でも魂を入れる落慶法要が必要かと思っていましたが、幸いなことに聖徳太子に縁のある門跡に拝んでいただき、一件落着となりました(図7)
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