日本心臓財団刊行物

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耳寄りな心臓の話(第3話)『心不全の秘薬、狐の手袋』

『心不全の秘薬、狐の手袋』
−ウイリアム・ウイザーリング、1785年−

 


川田志明(慶應義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)

 

03-01.jpg釣鐘型のジギタリス
 ゴマノハグサ科の植物であるジギタリスは一般にキツネの手袋とも呼ばれ、立ち葵に似て茎が長く美しい淡紅色の釣鐘型の花を並べてつけることから、多くは観賞用に栽培されています(図1)。このジギタリスの葉を陰干しした葉末が強心剤として古くから知られ、有効成分が合成されるようになった現在ではジギトキシン、ジゴシン、ラニラピドなどとして、心筋の収縮力を増強し心臓の拍出力を高めて心不全を改善する薬として最もよく用いられています。

 

 ラテン語では手足の指のことをディジット digitといいますが、花のジギタリス digitalisも釣鐘型の花が連なって指サックや手袋に似ていることからドイツの植物学者フクスが命名したといわれています。因みに、コンピューターなどのデジタル digitalも1、2と指を折って教えることを意味し、文字盤のあるアナログ時計に対して数字のみのデジタル時計などとして用いられています。

 

キツネの手袋
 このジギタリスが欧米ではfox glove キツネの手袋と呼ばれていますが、手袋は花の並び方からとしても狐がつくのが不思議でした。はじめは、花の中に斑点が幾つもあって毒々しく怪しい植物という警告のサインかと思っていました。実際、アイルランドなどでは「死人の指ぬき」という不吉な名前で呼ばれているようです。

03-02.jpg

 しかし、16世紀中頃にジギタリスと命名したドイツの植物学者フクス L.Fuchsの名前に関係があるようです。といいますのも、ドイツ語ではフクス Fuchsが狐、キツネのことでもあり、命名者に敬意を表して「フクスのジギタリス」と言い伝えていたものが、何時の時代からか誤って「キツネのジギタリス」、「キツネの手袋」となってしまったようです。

 

 ジギタリスの花は神話にも多く登場します。例えばローマ神話ではジュピターの妻であり女性の保護者でもある女神ジユノーはジギタリスの花を摘み取り、身ごもったとされることから、古代からジギタリスに触れると受胎するといわれてきたようです。

 

浮腫をとる秘薬
 イギリスの田舎では古くから浮腫(むくみ)をとる家伝秘薬として沢山の薬草を混ぜたものが用いられていましたが、もともと植物分類に興味を持っていて『英国の植物』まで出版したことのある内科医ウイリアム・ウィザーリングが余暇に20種類もの薬草をスケッチしながら分析し、強心作用のある中心的な03-03.jpg効果はジギタリスによるものと突きとめたのでした(図2、3)。


 

 現在ではジギタリスの有効成分が合成され、強心薬も錠剤や注射で用いられていますが、飲み過ぎると悪心嘔吐が起こり特徴あるジギタリス中毒も起こすという諸刃の剣のような二面性のある劇薬であり、それこそ匙加減が大切ということになります。

 

 ジギタリスの発見当時は効果が不安定なために、副作用の事例が次々とウィザーリングの元に届けられました。ウィザーリングの友人医師ストークスもジギタリス葉末服用による脈拍40以下の徐脈例や失神例のあることを知らせてきましたが、今日では友人の名前の方が心臓ペースメーカー植え込み術の絶対的適応となる不整脈の一つアダムス・ストークス症候群で有名になっています。
 
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