講演1:新型コロナウイルス時代のワクチン予防

国際医療福祉大学医学部教授
医学教育統括センター副センター長
感染症学
矢野 晴美氏

講演1において、東京五輪の感染症対策にも尽力した矢野氏は、新型コロナウイルスの蔓延状況、成人の標準ワクチンなどついて解説した。重症化予防のための新型コロナウイルスワクチン接種の重要性、年齢を問わず心不全を含む心臓疾患患者に対する肺炎球菌ワクチン接種の必要性などが強調された。座長は岸拓弥氏(国際医療福祉大学大学院医学研究科循環器内科学教授/健康ハートウィーク実行委員長)が務めた。

新型コロナウイルスの蔓延状況を概観

*以下は、2022年8月10日講演日時点の公開データである点にご留意いただきたい。

2022年8月8日時点の英国Oxford大学 Our World in Dataの公開データでは、人口100万人あたりの新型コロナウイルス感染新規患者数は、我が国では1,724.82人と英国・米国(各々136.78、324.30人)を遥かに上回り、さらにシンガポール(1,161.78人)をも抜く形で推移している1)。実効再生産数(一人の患者による二次感染者数)をみると、我が国の直近データでは2022年7月12日に1.82人とピークとなりその後は減少に転じているが、2022年8月2日時点でも英国・米国より多いままである2)。臨床現場においても2022年6月頃から感染患者の増加を肌で感じており、実効再生産数のデータを熟視する毎日が続いてきた。100万人あたりの1日の死亡者数は時期によりアップダウンを認めるが、2022年4月27日現在、英国4.32人、米国1.05人、イスラエル0.57人、日本0.36人、シンガポール0.35人、台湾0.01人の順になっている。この頃、英国は行き来がかなり自由になっていた。また、イスラエルは早くからワクチン接種が導入されていた。その後、2022年8月8日には各々、2.35人、1.45人、0.89人、1.31人、1.02人、1.75人となり、英国以外では増加が認められ新型コロナウイルス感染が世界中に広がっていることがわかる3)。現在流行しているオミクロン株は、2021年12月頃から流行が始まったことが知られている4)。2022年6月26日のデータでは、英国、米国、シンガポール、韓国では100%、日本で99%がオミクロン株に置き換わっていた。また2022年8月1日のデータでは、オミクロン株のうちサブタイプBA.5がこれらの国の大半を占めていた4)。各国ともさらに新サブタイプのオミクロン株(BA.2.12.1、BA.2.75)の台頭もみられる4)。引き続きリアルタイムでの遺伝子解析のデータ確認が重要と思われる。

新型コロナウイルスワクチン接種の目的は重症化予防にシフト

一方、デジタル庁の公開データによると、国内の新型コロナウイルスワクチン接種率は、2022年8月8日時点で全人口に対して1回目76.94%、2回目76.40%、3回目63.46%、4回目12.95%だった(図15)。ワクチン接種数・接種率の日次推移をグラフでみると、4回目接種の徐々の増加が認められる5)。3回目接種も増加がうかがえるが5)、感染対策の点からは80%ほどに達することが望まれる。

図1 国内の新型コロナウイルスワクチン接種率

国内で承認済みの新型コロナウイルスワクチンとしては、ファイザー・モデルナ・アストラゼネカ・ノバパックスの各社のものがある。ファイザー・モデルナは1-3回目接種、アストラゼネカは1-2回接種に使用された。ノバパックスは3回目接種から使用が開始された(国内では武田薬品が販売)。ワクチンのタイプはファイザーとモデルナはmRNA、アストラゼネカはウイルスベクター、ノバパックスは組み換えタンパクである。ノバパックスもファイザー・モデルナとほぼ同様、1回目0.5ccを筋肉注射、通常、3週間の間隔をあけて2回目0.5ccを筋肉注射、追加接種は6カ月の間隔をあけて3回目0.5ccを筋肉注射、と統一された投与方法になっている。国内未承認の主な新型コロナウイルスワクチンとしては、ジョンソン& ジョンソン、サノフィのものがあり、ワクチンのタイプは、前者がウイルスベクター、後者が組み換えタンパクである。国内開発中の新型コロナウイルスワクチンには、シオノギ・感染研・UMAファーマ、アンジェス・阪大・タカラバイオ、第一三共・東大医科研、KMバイオロジクスなど、VLPセラピューティクス、などのものがある。ワクチンのタイプは各々、組み換えタンパク、DNA、mRNA、不活化ワクチン、mRNAである。国内開発中の新型コロナウイルスワクチンには、シオノギ・感染研・UMAファーマ(組み換えタンパク)、アンジェス・阪大・タカラバイオ(DNA)、第一三共・東大医科研(mRNA)、KMバイオロジクス(不活化ワクチン)など、VLPセラピューティクス(mRNA)、などのものがある。
新型コロナウイルスはRNAウイルスである限り変異が頻繁に起こるので、現在、ワクチンの目的は感染そのものを防ぐというよりは、重症化を防ぐことにウエイトが置かれている。特に3-4回目の目的は重症化予防にシフトしている。2-3回目接種時のデータでは、接種により抗体価が約4倍となり、約3カ月後には抗体価が低下することが目安として知られているので、タイミングを逃すことなく追加接種をすることが望まれる。ワクチン接種を受けているにもかかわらず感染するといったブレークスルー感染も起きている。現状では、感染により有症状では10日間の法的な就業制限 (2022年8月10日現在の就業制限、2022年10月現在は、有症状者は7日間の就業制限に変更)を余儀なくされており、そのような事態を避けるためにも、ワクチン接種後も手指消毒・マスク着用・ソーシャルディスタンシングなどの十分な感染対策の継続が望まれる。私の発熱外来には、新型コロナワクチン未接種で感染した若者も受診しているが、脱水など症状が重い方も多い。新型コロナウイルスワクチンの未接種は現場感覚としても重要な問題となっている。

成人になってからも追加接種が必要な代表的ワクチンの破傷風/ジフテリア

新型コロナウイルスに対するワクチン接種を契機として、ワクチンによる疾患予防の効果が多くの人々に実感されたように思う。効果が確立されたワクチンがある疾患に関しては、ワクチン接種によってしっかり予防することが望まれる。そこで続いて成人に対するワクチンを取り上げる。表1は成人の標準ワクチンの代表例であり、これらはほぼ全員が接種することが推奨されるワクチンだと言える。麻疹・風疹・ムンプス・水痘は小児期に2回接種となっている。麻疹は2015年にWHOから日本における制圧認定が出ているが、1歳児と小学校入学前という形で2回接種する。麻疹は感染力が強く、麻疹患者と同じ部屋に居た場合、抗体がなければほぼ100%空気感染する。ワクチンによる発症予防効果は95%以上と高いことが知られている。

表1 成人の標準ワクチンの代表例

破傷風/ ジフテリア/百日咳は3種混合の形で小児に接種されていたが、現在では破傷風/ ジフテリア/百日咳/不活化ポリオの4種混合として接種されている。
風疹は2013年と2018年に国内で特に30-50代の男性を中心に大流行となり、数十名の新生児が先天性風疹で死亡した。1962年から1979年("無に泣く" 62-79年生まれの世代)生まれの男性では風疹ワクチン接種の政策がなかったので、風疹の抗体がない世代となっている。なお、風疹の抗体検査と麻疹・風疹ワクチン混合の MRワクチン接種には助成金が出ている。
表1 の中には成人になってからも追加が必要なワクチンがあり、破傷風/ジフテリア/百日咳のワクチンがそれに相当する(特に破傷風/ジフテリアが代表的)。これらは不活化ワクチンであり基本的にはB細胞のみの誘導なので体は忘れてしまう。そこで、免疫反応を体に思い出させるためにブースター接種(追加接種)が必要となる。破傷風/ジフテリアは小児期に接種済みの場合は10年に1回の追加接種となる(誕生日が1967年以前の方は3回接種が必要。1967年以前では定期接種になっておらず接種を受けていないため)。破傷風は届け出疾患の一つで国内年間発生数は約100人と報告されているが、実際にはもっと多いと予想される。半数以上が50歳以上の抗体を持たない高齢者であり、数カ月にわたるICU入院を余儀なくされる症例も経験する。近年、破傷風は地震などの災害時での外傷、大雨や土砂崩れなどでの外傷などでクローズアップされている。この他、農作業、ガーデニング、屋外スポーツなどでも感染に注意する必要がある。ワクチンの効果はほぼ100%。
なお麻疹・風疹・ムンプス・水痘のワクチンは生ワクチンであり基本的にT細胞を誘導するので、2回接種によって効果は長期にわたって持続し終生免疫が得られる。麻疹と同じく水痘も空気感染する。米国CDC(疾病予防管理センター)は、新型コロナウイルスは飛沫核の感染という形で、水痘と同程度の空気感染があるのではないかと指摘しており、それが「三密」を避けて換気を促進する一つの根拠ともなった。結核も空気感染するが、国内では外国から来た若い世代の発症と日本人で75歳以上の高齢者に非常に多いという二峰性をとっており、疫学データに基づいた戦略的な対策が必要とされている。

年齢を問わず心不全患者全員に接種が望まれる肺炎球菌ワクチン

肺炎球菌ワクチンは、年齢を問わず心不全患者全員に接種してもらいたい重要なワクチンである。肺炎球菌ワクチンには23種類の血清型が入った「23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン」PPSV(23価)と、当初は小児向きに開発されアジュバントなどを加えて免疫原性を高めた「沈降13価肺炎球菌結合型ワクチン」PCV(13価)がある。このうちPPSV(23価)の接種対象は65歳以上(定期接種)で、市町村の助成を受ける形で1回のみ接種できる。学術的見地からは、心不全を含めて心臓疾患がある場合は、肺炎球菌ワクチンの接種が望ましい。しかし、任意接種となるので自費負担となる。心臓疾患の他、肺炎球菌ワクチンの接種が推奨されるのは、喫煙者、糖尿病、肺疾患、腎臓病・透析中、肝臓病、がん、免疫抑制薬の服用中、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)といった方々である。接種方法に関しては国内外で種々の形での推奨があるが、学術的見地からは免疫未発達の小児や免疫が低下していて抗体ができにくい場合はPCV(13価)を接種後、最低8週間あけてPPSV(23価)を連続接種する。現在、米国ではPCV(20価)が承認され先行接種されている。先に触れたように、一方ではPPSV(23価)の定期接種が行われているので、どちらかを選択する場合はPSV(23価)を接種することになるが、連続接種に関しては患者の希望などを踏まえた医療従事者の柔軟な対応が求められている。なお癌や外傷などで脾臓の摘出例では保険診療となる。
次に中高年者に推奨されるのは、数年前に承認された不活化帯状疱疹ワクチンである。対象は50歳以上で、0、2カ月の2回接種(任意)となる。これまでの国外の無作為化プラセボ対照比較試験で、3年間の発症予防効果は97%程度となっている。特に移植医療における免疫不全患者に安全に使用することができる。

知っておきたい海外渡航で必要なワクチン

最後に海外渡航で必要なワクチンについて紹介する。厚生労働省検疫所はサイト「FORTH」において国・地域別の感染症流行状況・予防方法などを提供しているので参照されたい。海外渡航で必要なワクチンとしては、まず表1の成人の標準ワクチンが挙げられる。これらはすべて接種しておくのが大前提となる。加えて、どの地域の海外渡航にも必要なワクチンとして勧めているのがA型肝炎である。渡航先別に必要なワクチンとしては、アジア地域に2週間以上滞在の場合(特に農村部)は日本脳炎、動物曝露リスクがあれば狂犬病ワクチンを勧めている。南米・アフリカ地域では、黄熱病ワクチン、場所により狂犬病ワクチンを勧めている。
渡航で予防すべき代表疾患としては、アジア、アフリカ、南米ではマラリア・デング熱・旅行者下痢症の3つである。マラリアは蚊によって媒介され感染し、年間42万人が死亡している。アフリカなどから日本に帰国後に発症することも多い。現地では予防薬アトバコン・プログアニル(商品名 マラロン)を毎日服用する。デング熱(赤道直下の国々で蔓延)も重要であり、長ズボンや長袖シャツなどを着て蚊に刺されないように注意する。蚊に対する虫除けスプレー(DEET30)も用意する。旅行者下痢症はどの国でも報告されており、誰でもかかる可能性がある。汚染された飲食物(水・果物・なまもの・野菜サラダなど)による。旅行者下痢症の予防としては、ペットボトルの水を飲む、湯気が出るほど温かいものを食べる(Heat it)、自分で皮をむける果物を食べる (Peel it)、そうでなければ食べないこと(Forget it)などが挙げられる。
以上、ワクチンで予防できる疾患はしっかり予防しましょう、というのが私からの大きなメッセージである。特に心不全を含む心臓疾患を有する患者では年齢にかかわらず肺炎球菌ワクチン接種が勧められる。新型コロナウイルスワクチンに関しては、今後とも、政治的方向性に基づいた対策を続けていくことになると思われる。
文献
1)Johns Hopkins University, CSSE COVID-19 Data
https://ourworldindata.org/covid-cases
2)Arroyo-Marioli F et al.: PLOS ONE January 13, 2021
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0244474
3) Johns Hopkins University, CSSE COVID-19 Data
https://ourworldindata.org/covid-deaths
4) GISAID, via CoVariants.org
https://ourworldindata.org/grapher/covid-cases-omicron?country=GBR~FRA~BEL~DEU~ITA~ESP~USA~ZAF~BWA~AUS
5)デジタル庁公開データ
https://info.vrs.digital.go.jp/dashboard/
6)Lal H,et al.:N Engl J Med 2015;372:2087-2096

編集部注)講演ではCOVID-19の最新データが紹介されたが、その後インターネットのデータは常にアップデートされ数字が変動し続けている。1)は画面(Daily new confirmed COVID-19 cases per million people) 下部の「CHART」を選択し、左上「sort by」から「Country name」を選択し国名にチェックを入れることでグラフが表示される(上欄のMETRIC:Confirmed cases、INTERVAL:7-day rolling average、Ralative to popurationを選択)。2)はAbstractの「online dashboard」をクリックし 「Country/Region」で国名を選ぶことでグラフを確認できる。3)は画面(Daily new confirmed COVID-19 deaths per million people) で1)と同様の方法によりグラフが表示される(上欄METRIC:Confirmed deaths)。4)は画面(Share of SARS-CoV-2 sequences that are the omicron variant)で「CHART」左上のAdd countryで国を選択。また4)の画面下の関連データ一覧から「SARS-CoV-2 sequences by variant」を選ぶことでオミクロン株のデータ閲覧が可能(「CHART」左上のAdd countryで国を選択、Relative使用)。
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