講演2:胸が痛くなったら、どうする?
胸痛をきたす病気
私が所属している心臓血管集中治療科は、今日お話しする急性心筋梗塞などの患者さんを専門に診療しています。もう25年ずっと同じ部署で働いていますが、医療は進歩している中で、まだまだ患者さんご自身の行動で病気を予防し、また発症しても軽く済ませることができると感じています。今日は、そうした行動のヒントとなるお話をしたいと思います。胸が痛くなる病気にはさまざまなものがあります。胸には真ん中にある心臓以外にも、左右に肺、心臓の背中側には食道があり、心臓の下には胃やそれ以外の消化器もあります。したがって胸痛をきたす病気としては、次のようなものがあります。①心臓:急性心筋梗塞、狭心症、大動脈弁狭窄症、肥大型心筋症、心筋炎・心膜炎、不整脈、②大血管:大動脈解離、大動脈瘤破裂、③呼吸器:肺血栓塞栓症、気胸、胸膜炎、④消化器:逆流性食道炎、食道けいれん、胃潰瘍、⑤その他:帯状疱疹、肋間神経痛、肋軟骨炎、心因性胸痛。
今日は、健康ハートの日(8月10日)にちなみ、心臓とくに急性心筋梗塞に焦点を当ててお話を進めます。
心臓と冠動脈
心臓は収縮と拡張を絶え間なく繰り返し、全身に血液を送り出す筋肉のポンプです。心臓は1日に約10万回、1年で約3650万回の脈を打っています。今日の公開講座のタイトルは「心臓と向き合う100年ライフ」ですが、100年ですと約36億5000万回にもなります。それくらい心臓は頑張って働かなくてはいけないので、その心臓を大事にするような仕組みが身体に備わっています。それが心臓の筋肉(心筋)に栄養分や酸素を含んだ血液を送る血管である冠動脈の存在です(図1)。図1 心臓と冠動脈
急性心筋梗塞とは?その症状は?
この冠動脈という血管が急に詰まった状態が急性心筋梗塞です。つまり急性心筋梗塞とは、冠動脈が血の塊(血栓)で詰まってしまい、心筋への血流が途絶えた状態が続いて心筋が死んでしまう病気です。このため心臓のポンプ機能が低下したり、重症の不整脈が起き、命が危険にさらされてしまいます。この重症の不整脈は、心臓突然死の一番多い原因として知られています。急性心筋梗塞の症状やその場所について、「救急蘇生法の指針2020(市民用)」(改訂6版、監修:日本救急医療財団 心肺蘇生法委員会、へるす出版)の記述に沿って、ご紹介します(同指針からの引用には、簡略化・言い換え・変更などの箇所があります)。
- 胸の真ん中の痛みや不快な感じが数分以上続くか、出たり消えたりを繰り返す。
- 胸の痛みは、重苦しい、締めつけられる、圧迫される、絞られる 、焼けつくような感じ、などとも表現される。
- 症状の強さは個人差が大きく、高齢者では食欲や元気がないなどの軽い症状のこともある。
- また、糖尿病の人も少し息が苦しいといった程度の症状でわかりにくいことがある。
- 胸以外に、背中、肩、両腕や胃のあたり(みぞおち)に症状が出ることもある。とくに女性で多くみられる。
- 筋肉痛、肩こりや胃腸の病気と勘違いしないように注意が必要。
- 歯やあごのうずくような感じ、喉の苦しさや熱い感じといった症状もある。
- 胸の痛み以外に、冷や汗、吐き気、嘔吐、息苦しさなどを伴うこともある。
- 男性では冷や汗が多くみられる。
- 女性では吐き気、嘔吐、息苦しさだけで典型的な症状が乏しいことが少なくない。
急性心筋梗塞を疑ったら119番通報!
また同指針は次のようにも述べています。- 胸の痛みなどが長く(20分以上)続き、急性心筋梗塞が疑われる場合は、状態が落ち着いていても一刻も早く病院で治療を受けるため、移動中の急変にも対応できる救急車を呼ぶ。
- 救急車を呼ぶのは「大げさなので、呼ばないで」と遠慮し、自家用車やタクシーを使いがちだが、すぐに119番することが重要。
指針では胸の症状が20分以上続く場合に119番通報するように書かれていますが、明らかに状況がおかしい時はこの限りではありません。
119番通報すると、まず火事か救急か、と聞かれます。救急です、と答えると救急車が向かう住所を聞かれます。それから具体的にどういった状況かをお話ししてください(表1)。
状況によっては、通報の電話をすぐ切らずに、そのまま繋いだままにして、向こうの指示に従うのも大事かもしれません。意識がないような状況の時に、スマホのビデオ機能を使って、監視してくれたりアドバイスをくれたりすることもあります。
表1 119番通報の仕方
急性心筋梗塞、急ぐ理由?
同指針は急性心筋梗塞では「早く病院で治療を受けることが何よりも大切」として、その理由を次のように説明しています。- 血栓を溶かす薬の注射や 、詰まった血管に細い管を入れ血管を広げる治療を受けることができれば、心筋の障害を最小限にくい止められる。
- 治療効果が高いのは急性心筋梗塞を起こしてから2時間以内であり、より効果的な治療を受けるには、すぐに救急車を呼んで早く病院に行く必要がある。
- 早くに治療を受けることができれば、急性心筋梗塞を起こす前と同じように生活することができ、仕事にも復帰できる。
救急車を呼ぶか?迷ったら「#7119」
救急車を呼ぶべきかどうか、どうしても迷ったときには「#7119」(「119」の頭に「#7」を加える)に電話するという方法があります。東京消防庁救急相談センター(救急安心センター事業)に繋がりますが、ここにかけると医師、看護師、トレーニングを受けた相談員が「緊急性があるか」や「すぐに病院を受診する必要があるか」を判断してくれます。また緊急性が高い場合、救急出動につなぎ、緊急性が高くない場合、受診可能な医療機関や受診のタイミングをアドバイスしてくれます(図2)。全国の約8割の地域で、この「#7119」と同様のシステムが運用されているようです。最後に今日のまとめをお示しします(表2)
図2 救急車を呼ぶ?迷ったら「#7119」
表2 本日のまとめ

