心臓病をよく知ろう:心房細動、心筋梗塞、心不全
講演1:脈が乱れたら・・・脳卒中の前兆?
脈が乱れたら:どうして 脳の医者が話しているの?
脳の専門医である私が、どうして脈の乱れのお話をするのか、疑問に思われる方がいらっしゃるかもしれません。その理由は、脈が乱れる不整脈の一つである心房細動が、脳の病気である脳梗塞の原因となるからです。心房細動が原因で脳梗塞が起こってしまった著名人として皆さんは、長嶋茂雄氏(読売ジャイアンツ終身名誉監督)、イビチャ・オシム氏(元・サッカー選手、元・サッカー日本代表監督)、小渕恵三氏(元・内閣総理大臣)をご存じのことと思います。こうした脳梗塞は、適切にお薬を飲むことによって予防できるということも、脳の専門医である私が脈の乱れについてお話しする理由でもあるのです。
なお、脈が乱れていても、それが必ずしも心房細動であるとは限りません。脈の乱れは、他の不整脈でも起こる場合があるからです。ですから脈の乱れを感じたからといって、すぐに命にかかわるような脳梗塞に繋がるというわけではないことを最初に申し上げておきたいと思います。
心房細動ってなに?
心房細動では、「心房」という心臓の部屋の一つが収縮せず、痙攣したような状態となります(図1)。このため血液がスムーズに流れなくなります。つまり、心房内で血液が淀んでしまうわけです。この結果、血の塊(血栓)ができやすくなります。図1 心房細動ってなに?
心房細動は脳梗塞の原因となる!
心房細動によってできた血栓が、心臓から全身に血液を送る動脈を流れて重要臓器の一つである脳にまで運ばれると、脳の血管を詰まらせて脳梗塞になるのです。このような心臓の血栓による脳梗塞は、大血管や小血管の動脈硬化による脳梗塞と比べて症状が重く(重症度スコアが高い)、後遺症も重大になりやすい(自宅へ戻れる退院率が低い)ことがわかっています(脳卒中データバンク2021、中山書店)。ですから、心房細動による脳梗塞は「ノックアウト型脳梗塞」とも呼ばれています。心房細動による脳梗塞は予防が可能!
心房細動による脳梗塞は、抗凝固薬(血液をサラサラにする薬の一種)というお薬を飲むことによって予防が可能です。残念ながら100%予防可能ということではありませんが、飲んでいると万が一、脳梗塞が起こっても比較的軽症で済むことがわかっています(図2)。しかし、脳梗塞を起こしてしまった方のうち、入院時に坑凝固薬を飲んでいたのは約3分の1(36%)に過ぎなかったとの調査成績(脳卒中データバンク2021、中山書店)があります。脳卒中データバンクは、日本人の脳卒中患者さん約20万人を登録した大規模なデータベースなのですが、この約3分の1という数字は、私がこれまでの勤務先(岡山県の川崎医科大学、大阪府の国立循環器病研究センター)そして現在の勤務先(東京の日本医科大学)で調査した数字と、時代も地域も少しずつ違うのですが、なぜか変わらないのです。では、抗凝固薬を飲んでいない人が多いのは、なぜでしょうか。それはまず、ご自身が心房細動に気付いていないからではないかと思います。というのは、心房細動は何も症状が出ないこともあるからです。通常、心房細動が出現すると脈が早くなり動悸を感じることが多いのですが、なかにはあまり脈が早くならなかったり、早くなっても動悸と自覚されなかったり、ということで症状を感じない方もおられます。また、全身のだるさ・倦怠感のように心臓が原因とは考えにくい症状しか出ないこともあるためです。 ですから心房細動に気付くためには、自分で脈を取ってみること、つまり検脈が大事になります。左手の親指の付け根から少し体の中心に沿わせて行った箇所で、右手の二本指か三本指で脈を調べると、脈の乱れに気が付くことができます。そして定期的に検脈をすることが大切です。というのも心房細動は一時的にしか出ないこともあるからです。特に心房細動が出現し始めた頃は、一時的に乱れている時と乱れていない時が混在していることがあります。
検脈に加えて、健康診断の結果を放置しておかないことも大事です。健康診断で心電図異常や脈の乱れを指摘された場合は、かかりつけ医や循環器の先生に相談していただきたいと思います。
図2 心房細動が原因の脳梗塞患者さんの坑凝固薬内服あり・なし別の入院時重症度
心房細動と言われたらどうすればいいの?
次に心房細動と診断された場合ですが、まず、さきほどご紹介した抗凝固薬を飲むことを検討する場合が多いと思います。ここで注意が必要なのは、検討の結果、抗凝固薬をまだ飲まなくても良い・飲まない方が良いと判断されることもあるということです。身体の状態によっては、脈拍を整えるお薬、心臓の負担を取るお薬など追加の治療を検討することもあります。また、カテーテル・アブレーションと呼ばれる心房細動そのものに対する治療もあります。お薬に関しては、処方されることがゴールではなく、きちんと飲んでいただくことがゴールです。
我々の日本医科大学付属病院で調べたところ、何らかの理由で抗凝固薬を飲むのを中止した患者さんで、脳梗塞が起こってしまった方の中止から脳梗塞発症までの日数は、1~7日が一番多くなっていました。今週、手持ちの抗凝固薬が切れるけど、忙しいから処方してもらうのは来週にしよう、などとは思わずに、薬が切れることのないよう定期的に飲んでいただきたいと思います。
本日のお話の内容をまとめました(表1)。
表1 本日のまとめ

