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月刊心臓

編集後記 (2016年)

2016年9月号

 今月号のHEART's Selectionは不整脈患者に対する植込みデバイス治療である。この領域も小型化、高性能化の進歩は目覚ましく、特集でもリードレスペースメーカや皮下植込みICDなど、デバイス治療のイノベーションが紹介されている。最近は我が国のDevice Lagもかなり改善され、新しいデバイスを早く患者に提供できるようになった。その一方で、新しいデバイスの保険償還価格は高く、Price Lagとも言うべき外国実勢価格との格差が注目され始めている。循環器領域の保険医療材料費は高く、膨張する保険財政の中で目立つ存在となるのも遠くなかろう。
 と言うのも、保険財政の破綻が現実味を帯びてきたからだ。少子高齢化が叫ばれてから久しいが、高齢者の割合も26.7%と過去最高を記録し、それに引きずられて医療費総額も40兆円を超えた。一方、医学の進歩による医薬品、医療機器のイノベーションも止まらない。その中での新しいタイプの抗癌薬、ニボルマブに代表される超高額医薬品の登場は、公的医療保険財政の限界を改めて認識させることとなった。画期的新薬の医療費も年間数十万円だったものが、2000年代に入って数百万円レベルに押し上げられ、この度のニボルマブは年間3500万円とも言われている。高額な医薬品、医療機器の保険収載、薬価算定ルール、費用対効果評価、高額療養費制度など、適正な医療費の在り方についての正面からの議論が避けられない時が来たということであろう。
 増え続ける高齢者(即ち、増え続ける病気)に対して、医学の進歩の恩恵をどこまで与え続けることが出来るのか、どこまで与えるべきなのか、難しい問題である。ニボルマブのように延命効果を期待する薬の話を契機に、終末期医療の在り方についても国民と医療者が面と向かって議論することが必要であろう。医療者と国民にとって、受ける医療と必要とする医療費に対する問題意識の共有が避けられなくなった、と感ずるこの頃である。
                           (山口 徹)

2016年8月号

 近年のスマートフォンの普及には、目を見張るものがある。通勤電車の中でも座席に座っている人の9割、立っている人でも半数近くがスマートフォンに目をやっているようである。確かにスマートフォンを持つことによって、ニュースをはじめとする多くの最新情報を瞬時に得ることができるほか、SNSを用いた家族や友人とのコミュニケーションに大変便利で有用であることに間違いはないであろう。大規模災害などの際に大きな役割を果たしたことも事実である。しかしこれが度を過ぎると、ほとんど中毒といってよいくらいに一日中スマートフォンから目を離すことができなくなる。歩きながらは言うまでもなく、横断歩道を渡りながら、駅の階段を下りながら、自転車を運転しながら・・・、目はずっとスマートフォンにくぎ付けである。このような状況でスマートフォンに意識を集中させていることが、その危険性を上回るほど重要で緊急を要することなのであろうか。もちろん自己責任であるが、思わぬ事故が起こらないのが不思議なくらいである。ほんの少し待って、周りの安全を確かめてから操作しても決して遅くはないと思うのであるが、このような自分本位の行為が第三者を巻き込んだ重大な事故を誘発するリスクをも孕んでいることは、老若男女を問わずスマートフォンを持つ者がしっかりと認識しておく必要があろう。
 医学研究においても、自らの最先端の研究を遂行することに没頭するあまり、周囲の状況に目を配る余裕がないことが多いのではないだろうか。また臨床においても、自分の専門領域を極めること以外には一切興味を示さないことが多いのではないだろうか。そのくらいの集中力とエネルギーを注がない限り、その道の第一線に立つことは難しいのかもしれないが、時には立ち止まって周囲をじっくりと見回し、自分が置かれている状況や世の中の動向を客観的に見極め、次の飛躍のための新たなエネルギーを補給することも大切である。それによって的確な軌道修正が行われ、自らの進むべき方向がより明確に見えてくるのではないかと思う。
                      (加藤 貴雄)

2016年7月号

 今月のHeart Selectionは"チーム医療の実践"である。
 最近の患者ケアチームに関しては、院内でも20近い専門分野のExpertsが参加している。高齢者を含む成人領域だけでなく、小児領域においても歯科・摂食・嚥下チーム、栄養サポート、呼吸ケア、身体リハビリ、MSW、看取り医療、そして現時点で日本に41人しかいないCNS(Child Nurse Specialist)の役割も重要だ。 近年、小児の在宅呼吸管理や往診も増加してきたが、まだまだマンパワーの面、適切な診療単価、医療費助成、難病指定疾患、小児慢性疾患対策などの分野では改善が必要だ。小児では、これらに学校管理下の指導、院内教育や在宅教育が加わる。まさに多領域・多職種にわたる連携が確立されなければいけない。障害児を持った母親の心理的サポート、家族会・患者連絡会の活動も欠かせない。時には不満のぶつけ先やガス抜きも必要だ。これらの医療が長期にわたることは必至で、小児科の専門外来に30歳~40歳になっても通い続けることも珍しくない。それだけ親も歳をとり高齢者になって居る。老児介護と言うのだろうか。
 個人的にはこの年度末で医学部を退任し、多くの慢性疾患の子供達や成人になった小児期発症疾患症例の管理を大学病院の若手に委ねる事となった。最終診察日が3月31日だったこともあり、外来・病棟の患者や家族に退任の挨拶をして廻った。その中で最も印象に残ったのが67歳の女性である。夜9時の消灯時間が過ぎてから病室を訪ねて長年の経過の説明や今後の申し送りを伝えた。病室を出ようとした時、「一寸待ってください」と言って、酸素吸入下で92%、外して立位だと85%、常にハーハーという状態であったにも関わらず、さっとベッドから降りてネーザルカニューレをはずし直立して「先生、長い間有難うございました」と深々と頭を下げて下さった。既に入院後4カ月が経過しリハビリも継続してfrailtyを克服し、色々な不満も蓄積して不安定ではあったが、常に前向きで諦めない姿勢に助けられた。この症例に関わる小児と成人の循環器、呼吸器、整形外科、呼吸ケア、リハビリ、口腔ケア、メンタル等、今後のチーム医療の更なる理解のためにも、この特集の内容に期待している。
                  (佐地 勉)

2016年6月号

 筆者はいくつかの医学雑誌の編集に携わっている関係で編集後記を担当する機会が比較的多い。ネタが見つからずにパソコンに向かったままさっぱり筆が進まなくなることがしばしばである。編集後記を愛読されている先生方も少なくないようで、時々手厳しい批評を頂くことがある。たまにお褒めの言葉を頂くと、文才のない筆者は舞い上がらんばかりに嬉しくなる。先日、ある医学雑誌の編集後記に医学教育におけるメンタリングについての一考察について書いた。その中である識者が述べた私の座右の銘とも言える言葉、「自分以上の人材を育てることができてこそ真のmentorである。それには、後輩のために自ら命を削る覚悟と実践が求められる。自分のために後輩を利用しようとする人のもとからは本当の人材は育たない」を引用させて頂いた。
 その後しばらくして、多くの有能な心臓血管外科医の育ての親である、とある大学名誉教授からずっしりと重い封書が送られてきた。自分が何かをしでかしてお叱りを頂くのではないかと恐る恐る封筒を開けると、書籍とともに1通の達筆なお手紙が入っていた。曰く、編集後記を読み感銘したために手紙を認めたとのこと。四半世紀も年下の若造にこのような書面を送って頂いたことに大変に驚いた。書籍を早速拝読させて頂いた。未解決のことが多くて将来何が見えるかよくわからない分野に挑戦する気概で心臓血管外科を志した若き時代、奴隷のように働いても多くの患者を失って日々泣きながら帰宅したというエピソードに始まり、数量化や文字化できない知恵を自らの行動をもって示してくれた人生の転機といえるmentorと出会い、それを契機に意を決して日本一を目指して駆け抜けてきた半生について感動をもって読ませて頂いた。その中に、Mayo Clinicを創設したWilliam Mayoの言葉が引用されていた。「私に影響を与えてくれた人たちのことを振り返ると、影響を与えてくれたものは彼らの知識や技量ではなく、精神の高邁さであることに気づく」と。

 中国の古典に、「十年樹木、百年樹人」という言葉がある。心臓血管外科の将来を担う次世代を育てるためには、懶惰懈怠を排し、感情に流されない忍耐強い率先垂範の行動力を持ち続けることが重要であると思う。
(小野 稔)

2016年5月号

 今回のHEART's Selectionでは肺高血圧症をテーマとしてその企画を国立循環器病研究センターの中西宣文先生にお願いした。
 肺動脈性肺高血圧は難病の一つであり、予後も不良で治療薬も限られており一般循環器医にとっては診療に難渋する疾患というイメージがあり、一部の専門家に頼っている状況であった。しかし最近になり肺動脈性肺高血圧症についての研究の進歩に伴い様々な治療薬が開発され、この領域は国際的にも大見な盛り上がりを迎えている。2009年のダナ・ポイントや2013年のニースの国際会議にも高い関心がもたれ、それらの内容も盛り込んだヨーロッパ心臓病学会/ヨーロッパ呼吸器学会のガイドラインも改訂を重ねている。また、我が国においても2012年に日本循環器が中心となって肺高血圧症治療ガイドラインを発表し、ごく標準的な循環器専門医もある程度、肺高血圧の治療に参加できるようになった。今後、肺高血圧の専門家と循環器専門医、さらには実地医科が連携し、治療の普及や新しい患者の掘り起こしを推進できるようになれば良いと思う。
 さらにこれも難病の一つである慢性血栓塞栓性肺高血圧症については我が国では国立病院機構岡山医療センターの松原らが開発したBPAバルーン肺動脈形成術が普及しつつあり、最近日本循環器学会を中心に"慢性肺動脈血栓塞栓症に対するballoon pulmonary angioplastyの適応と実施法に関するステートメント"も発表された。今後、一定の施設基準をもった施設が中心となってBPAが適正に行われより多くの患者がこの治療法の恩恵に浴することを期待したい。
 我が国では数年前に日本肺高血圧学会と日本肺循環学会という肺高血圧に関する二つの学会が立ち上がり独自の活動を行って来たが、2014年よりこれらの学会の学術集会が共同開催されるようになった。今後これらの学会が統一され、その主導のもとに我が国におけるレジ―ストリーや臨床研究などが成果を上げ国際的にも評価されるようになることを確信している。
                          (百村伸一)

2016年4月号

 「継続は力なり」は私の座右の銘である。私たちの分野でその言葉が示すものとして登録研究によるデータの作成がある。
 我が国においては一部を除き登録研究は最近まであまり行われておらず、欧米から報告された多数例を登録した研究を参考にし対応することが多かった。確かに共通点もあり、信頼たるエビデンスの上にその結果を共有できるglobalizationが活きる機会も多い。しかし、欧米人と比べた場合、我が国では食生活をはじめとするライフスタイルや薬剤に対する反応の違いがあるとされる。また、医療体制自体が異なることも多い。このため、単にglobalizationという名のもとに諸外国と同一のプロトコールで登録した成績をそのままわが国の臨床現場に反映させることには問題がある。
 最近になり、登録研究を行う必要があるという機運が高まり、地域別、また日本全体としての登録研究が始まりつつある。循環器疾患の中では、ST上昇型急性心筋梗塞が症例数が多く、梗塞サイズをはじめとした重症度が評価しやすく、再灌流療法など発症早期の治療法が一定し評価が行いやすいことなどからその対象となりうることが多い。個々の患者の臨床データを作成し、その結果から現時点でのトレンドを知り、その対策を作り上げることは臨床レベルを高める上でも重要である。また、多大な労力を要するが、長期的な観察も重要である。わが国においてもMIYAGI-AMI registryのように30年を超える登録研究があり、患者背景、経年的な発症率、死亡率の推移などが詳細に検討され報告されている。一時期の考えで進むのではなく、変化を踏まえて柔軟に対応し継続していくことが重要であると考える。
                        (木村一雄)

2016年3月号

 循環器内科病棟では、80歳台の方はまだ若いと感じるほど超高齢化が進んでいる。こうした中で、若年者で増加しているのが、本号のHEART''s Selectionで取り上げられた静脈系疾患の肺血栓塞栓症である。
 先日も、抗リン脂質抗体症候群の中学生やプロテインS活性低下の20歳台女性が下肢腫脹と呼吸困難を主訴に入院した。未分画ヘパリンに続いてワルファリンを使用したが、効果が乏しく、ウロキナーゼと一時的下大静脈フィルターを使用した。静脈血栓症の治療戦略は今、大きく変わろうとしている。私たちの施設では、静脈血栓症急性期患者を対象とした、ヘパリンを用いる従来治療群と新規抗凝固薬(NOAC)群を比較する臨床試験に参加し、NOACの有効性と安全性を実感した。まもなく静脈血栓症の治療におけるNOACの位置づけが定まってくるものと予想される。
 若年書で増えているもう一つの疾患が肺動脈性肺高血圧である。先日、20歳台で妊娠30数週の時点で、喀血で発症した重症肺動脈性肺高血圧が搬送されてきた。喀血直後から、陣痛が開始されたため、分娩と出産を優先した。平均肺動脈圧は約70mmHgで左室は大きく圧排されていた。肺移植も検討したが、現在、PCPS下でエポプロステノールの点滴を続けており厳しい状況である。静脈血栓症と同様、肺動脈性肺高血圧の薬物治療も長足の進歩を遂げているが、妊娠による肺高血圧クリーゼには効果が極めて限定的と言わざるを得ない。妊娠、出産という幸福が一瞬のうちに暗転してしまったご家族の悲しみに心が痛む。
 英国の詩人ウィリアム・ブレイク(William Blake, 1757-1827年)の言葉に"What is now proved was once only imagined."がある。現時点では難病であっても、想像力と創造力でパラダイムシフトを起こしたいという若い野心家が育ってくれるように願っている。
                       (倉林正彦)

2016年2月号

 今月の特集は「スポーツにおける循環器疾患」である。5年後に東京オリンピックを控え、またスポーツブームと言える状況で、時期に合った企画で大変興味深い。筆者自身はこの領域の専門家ではないが、都心の一線の循環器内科に長く勤務してきたことから様々な症例を経験してきた。皇居周回ランニング中の心筋梗塞や心停止、運動ジムでトレーニング中の心室頻拍、筋トレ翌日に人間ドックを受けてCKが数千に上昇していたため心筋梗塞を疑われて救急来院した患者、競輪選手の肥大型心筋症、不整脈原性右室心筋症を持つマラソンランナーの心室細動、運動選手の不整脈も珍しくはない。一例一例悩みながら診療をしているのが現状である。どれが原因で結果なのかよく分からない部分も多い。スポーツが心臓リハビリに重要なことは分かるし、フォーミュラも示されているが、そのゴールとなるとはっきりしない。それなりの循環器疾患の素因を持った人はどこまでスポーツを行ってよいのか、やるべきなのか。多くの人が「健康増進」を目指してスポーツを行っているが、逆に健康を害することもあるとなると、話しは複雑である。健康増進の行き着く先はどこにあるのだろうか。オリンピックを控え、スポーツ熱はますます高まると思われる。生活習慣病予防の観点からも、好ましいことに違いない。ただアスリートでない健常者あるいは循環器疾患を持つ人、一人一人がそれぞれどの様なスポーツをどの程度行うことが可能であるのか、妥当であるのか、臨床の現場で判断に困ることは珍しくない。是非科学的、医学的観点から研究を進めていただきたいものである。
                       (磯部光章)

2016年1月号

 本号の特集のテーマはガイドラインである。いずれのタイトルも魅力的であり、早く本誌が届かないかとワクワクしている。最近の臨床ではガイドラインが最優先されている。医療事故を起こせばガイドラインに準拠しているかが判断の基準となる。検討会でも「ガイドラインではClassⅡaの適応です」、という言葉が日常茶飯事である。筆者も日循ガイドラインの班長、班員、外部評価委員として多数のガイドライン作成に関与してきたが、果たしてガイドラインの背景、主旨、問題点などが、使い手に十分に認識されているかと疑問に思っている。故中川米造先生は著書"医療の不確実性"のなかで、医療が不確実(過誤可能性)であるのは、本質的過誤可能性(正解がない)、偶然的過誤可能性(正解を知らない)、必然的過誤可能性(正解通りにならない)、があるからと述べている。ガイドラインは前二者を減らすことを目指してはいるが、もちろんすべてをカバーできるものでもないし、その柱となるエビデンスに絶対的な真実があるわけではない。それらのことも考えながらガイドラインを活用したい。
                      (山科 章)

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