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特定健診・特定保健指導と循環器疾患:賛成の立場に立って |
特定健診・特定保健指導と循環器疾患:反対の立場に立って | 発言「反対の立場から」 | 発言「賛成の立場から」 | 総合討論 |

山科氏は、特定健診・特定保健指導に反対の立場に立って、特定健診の各種検査の数値基準を検討した。「高い心血管系疾患のリスクを抱える人々への介入ができなくなるだけでなく、必ずしも介入の必要がない人まで患者として掘り起こしてしまい、ひいては医療費の増大を招くことになる」と問題点を指摘した。
疾患の予防における2つのアプローチ
予防医学の戦略には、リスクの高い集団に重点的に介入して疾患の発症を予防しようと試みる“ハイリスクアプローチ”と、住民全体を対象として疾患の発症を予防しようと試みる“ポピュレーションアプローチ”という2種類の手法がある。総コレステロールが高値の集団は急性心筋梗塞を発症するリスクが高いことはよく知られており、こうした集団に重点的に介入するのがハイリスクアプローチである。一方で、急性心筋梗塞を発症した症例で総コレステロールが高値であった症例は約50%に過ぎない。逆に言えば、総コレステロールが正常値であっても急性心筋梗塞を発症する可能性を有しているということであり、総コレステロール値にかかわらず広く急性心筋梗塞の予防を試みるのがポピュレーションアプローチである。双方の手法を組み合わせることが、疾患の新規発症予防に有効と考える。
厳しすぎる特定健診の危険因子の数値基準
表 
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特定健診・特定保健指導では、40〜74歳の国民を対象に健康診断を義務付けている。まず健康診断で腹部肥満、糖代謝異常、脂質代謝異常、血圧異常の4つのうち基準値を超えた危険因子をカウントし、これらの重複数に合わせたレベルの保健指導を行うこととされている。私は、このリスクカウントのあり方に問題があると考える。 
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2001年、労働省(当時)の作業関連疾患総合対策研究班は、上記の危険因子を1つも持たないケースの冠動脈疾患の発症リスクを1とした場合、危険因子を1つ持っている人は約5倍、2つ持っている人は約10倍、3〜4つの人は約31倍、心血管系疾患を発症しやすいと報告している。なお、この研究における各危険因子の数値基準は、肥満がBMI 26.4以上、血圧が140/90mmHg以上(収縮期/拡張期)、空腹時血糖が110mg/dL以上、総コレステロールが220mg/dL以上あるいは中性脂肪150mg/dL以上であった(表)。
一方、特定健診では、肥満について腹囲径(男性85cm以上/女性90cm以上)とBMI(25以上)の2つの基準を設けたほか、血圧が130/85mmHg以上、空腹時血糖が100mg/dL以上、中性脂肪150mg/dL以上あるいはHDLコレステロール40mg/dL未満を危険因子の基準値としており(表)、これまでの研究から得られた知見よりも厳しい基準となっている。
私の2007年度の健診結果を2008年度から始まる特定健診の基準値で診断してみたところ、腹囲径を含めた3つの危険因子で数値基準をわずかに上回り、保健指導レベルが「積極的支援レベル」となった。しかし、全国300カ所の保健所で健診を受けた30歳以上の男女約1万例を対象に行った循環器疾患の疫学調査「NIPPON DATA 80」の死亡例の統計に照らしたところ、私が10年以内に心血管系疾患で死亡する確率は1%未満という結果に過ぎない。特定健診におけるリスクカウントはあたかも受診者を脅しているかのようであり、ハイリスクアプローチというよりも、むしろポピュレーションアプローチに偏ったものになっている。
このほか、保健指導を行う際の制限事項として、65〜74歳の前期高齢者は積極的支援となった場合でも「動機付け支援」とされる。75歳以上の後期高齢者は特定健診・特定保健指導の対象にもなっておらず、本制度は「年齢」というもうひとつのリスクを無視していると言えよう。また、服薬中の人も本制度の対象にならないため、心血管系疾患のリスクが最も高い高血圧や糖尿病などを罹患する集団が保健指導を受けられないという問題点もある。
医療費の増大を招く可能性も
保健指導についても、どれだけの受診者に行動変容を起こし、どれだけ予防効果を上げることができるかは未知数である。先述した「NIPPON DATA 80」の統計に照らした死亡確率に基づけば、毎年約3,000人に積極的支援を行ってようやく1人の死亡を阻止できる程度というのが私の推測である。また、コスト面も問題である。最も介入度の高い積極的支援では、1人あたり3〜6万円のコストが必要と推計される。すなわち、1人の死亡を阻止するのに3,000人に指導を行うと仮定すると、最大で1億8,000万円の指導コストを要するということである。
厚労省は特定健診・特定保健指導の導入により、メタボリックシンドローム有病者および予備群を25%減少させ、医療費を抑制することをも視野に入れている。しかし、本制度のもとで介入の必要性の低い人々まで掘り起こして指導を行うことで、逆に医療費の増大を招く可能性がある。