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心不全 Question 5

心エコーでは左室収縮は良好でも心不全を生じる方がいると聞きました。どういう病態ですか

急性心不全により、肺うっ血や呼吸困難となって救急搬送される方で、心エコー検査では左心室の収縮が良好なことがあります。この状態を駆出率が保たれた心不全(Heart Failure with preserved Ejection Fraction:HFpEF)と呼びます。駆出率とは、一回心拍出量の心室拡張末期容積に対する割合で正常値は50~80%です。一方、収縮能の低下した心不全をSystolic Heart Failure:SHFと呼びます。

HFpEFの患者には、高齢者・女性・糖尿病・心房細動が多く、現在では心不全全体の半数を占めています。HFpEFの病態は、主として心室の拡張不全によると考えられています。

心室のパフォーマンスは、収縮能、拡張能、前負荷、後負荷の4つの要素で決定されます(図1)。図1の縦軸は心室内の圧力(Pressure)、横軸は心室の容積(Volume)です。収縮能は直線で、拡張能は曲線で表されます。収縮能が良い場合、直線の傾きは急になります。また、拡張能が悪い場合、曲線が上方に移動します。前負荷とは、心室が収縮する直前つまり拡張末期の心内圧です。後負荷とは、心室が収縮を開始した直後の心内圧で、収縮期血圧とみなすことができます。これら4つの要素で心周期(A→B→C→D→A)の圧容積ループ(PV loop)が決定します。心室の駆出率(Ejection Fraction)は収縮末期(C点)の容積と拡張末期(A点)の容積の比率となります(EF=線分A’C’/線分OA’)。

拡張障害があると拡張期曲線は上方へ移動します(図2)。この場合、前負荷と後負荷が変わらなければ圧容積ループ(A1→B1→C→D→A1)は縦長となり、駆出率が低下するはずですが、前負荷が上昇することでループは横長へ戻り(A2→B2→C→D)、駆出率(線分A2’C’/線分OA2’)は保たれることになります。左室の前負荷は左心房内の圧つまり、肺静脈圧を意味しますので、その異常な上昇は、肺うっ血・肺水腫といった心不全症状をもたらし、駆出率が保たれた心不全:HFpEFとなるのです。
 

図1 心室の内圧と容積の変化(PVループ)
小早川ループ1.jpg

図2 拡張障害がある場合のPVループ
小早川ループ2.jpg


心室の拡張は2つの要素に分けられます。それは、能動的な弛緩と受動的な拡張です。前者はエネルギーを使って心筋細胞内カルシウム濃度を能動的に低下させ、収縮タンパクの結合を解離させる過程です。実は、心筋細胞は収縮よりも弛緩に、より多くのエネルギーを必要とします。たとえば、冠動脈形成術時に冠動脈を一時的に閉塞させて心筋を虚血状態にすると、胸痛や心電図変化より早期に拡張能の低下が出現することが分かっています。また、拡張には心房からの流入血液による受動的な面もあります。高齢による線維化や高血圧による心筋肥大があると心筋が“硬く”なり、受動的な拡張が障害され、拡張不全を呈します。

心機能には、収縮能と拡張能があります。さらに、前負荷と後負荷という条件が組み合わさって心周期(心室のパフォーマンス)が決定します。心エコーでの左室収縮が良好、つまり駆出率が正常範囲であっても、心機能が正常とはいえず、心不全の状態もありえるのです。

Only One Message

駆出率は前負荷、後負荷、収縮能、拡張能の4要素で決まる。心エコーで左室収縮が正常に見えても心不全のことがある。

回答:小早川 直

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