メディアワークショップ

一般市民の皆さんに対する心臓病を制圧するため情報発信、啓発活動を目的に、
情報発信能力の高い、メディアの方々を対象にしたワークショップを開催しております。

第1回 「アブラと動脈硬化をEBMから検証する」

東京都多摩老人医療センター 院長 井藤 英喜先生
東京都多摩老人医療センター
院長 井藤 英喜氏
井藤氏は、食事と血清脂質の関係は高脂血症の食事療法に集約されているとの考えから、日本動脈硬化学会の「動脈硬化性疾患診療ガイドライン2002年版」における食事療法の基本的な考え方を中心に解説した。また、こうしたガイドラインの根拠となる臨床試験に関し、試験デザインの違いにより試験結果の信頼性に差が生じることを説明したうえで、「報道に際しては、臨床試験の研究の質を評価し、客観的で公平な態度が望まれる」とし、メディアに対するいくつかの要望を提起した。
■高脂血症の食事療法の基本は他の生活習慣病に共通
最初に井藤氏は、高脂血症の食事療法で考慮すべき点を2つ示した。1つめは「高脂血症の食事療法の基本は、2型糖尿病や高血圧などの他の生活習慣病に共通していること」である。高脂血症をはじめとした生活習慣病には、インスリン抵抗性と呼ばれ共通した病態が存在する。つまり、過食・過飲、運動不足などで肥満になると、それがインスリン抵抗性という病態を作り高脂血症、高血圧、2型糖尿病を発症させ、最終的に動脈硬化を引き起こすのである。また、発症要因が共通しているため、生活習慣病はほかの生活習慣病を合併しやすい。このため高脂血症の食事療法の基本は、生活習慣病全般に通じることとなる。
 
■高脂血症の食事療法の最終目標は動脈硬化の予防
2つめは、「高脂血症は動脈硬化性疾患の明らかな危険因子であり、高脂血症の食事療法の最終目標は動脈硬化の予防である」ことである。
コレステロールや中性脂肪などの脂肪は水に溶けないため、タンパク質(リポ蛋白)に包まれて血液中を運ばれている。中性脂肪を多く含むものは超低比重リポ蛋白(VLDL)、コレステロールを多く含むものは低比重リポ蛋白(LDL)と呼ばれる。肝臓で生成された大型の粒子VLDLは、全身を循環するうちに中性脂肪が取り出され、より小型の粒子LDLとなり、LDLからはコレステロールが取り出され、各臓器・組織に渡される。血中LDLの一部は組織内に入り込むが、組織中のコレステロール濃度が過剰になると、通常は高比重リポ蛋白(HDL)にコレステロールが取り込まれ、再び肝臓などへ戻される。しかし組織中の濃度が異常に高いと、うまくHDLコレステロールに渡しきれなくなりコレステロールが動脈壁に蓄積して粥腫(プラーク)と呼ばれる固まりを形成し、動脈硬化を引き起こす。つまり、血液中のLDL濃度が高い高LDLコレステロール(LDL-C)血症は、動脈硬化の危険因子ということになる。このことは臨床試験の結果からも裏付けられている。わが国で行われたJ-LIT(Japan Lipid Intervention Trial)では、高LDL-C血症は性、年齢、糖尿病の有無にかかわらず心筋梗塞など冠動脈性心疾患(CHD)の危険因子であることが明らかにされている。こうした点を踏まえ、井藤氏は「食事療法は高LDL-C血症の治療および予防の両方に有効な手段である」と位置づけた。ただし、血液中のコレステロールのうち食事に由来するのは20%程度で、残りは肝臓で合成されたものであり、高コレステロール血症が食事のみに起因しているわけではないことに注意する必要があるという。
 
■高脂血症の食事療法は2段階構成
以上のような考え方から、日本動脈硬化学会の「動脈硬化性疾患診療ガイドライン2002年版」における食事療法は2段階に分かれている(図)。第1段階では総摂取エネルギー、栄養素配分およびコレステロール摂取量の適正化に重点が置かれており、そのほかに蛋白源として魚や大豆を増やす、抗酸化作用のある物質を多く含む野菜や果物の摂取などが推奨されている。第1段階の食事療法で血清脂質が目標値に達しない場合には、第2段階として高LDL-C血症、高トリグリセリド血症など病型別食事療法と適正な脂肪酸摂取を指導するとしている。例えば、高LDL-C血症が持続する場合には、脂肪由来のエネルギーを総摂取エネルギーの20%以下、1日のコレステロール摂取量を200mg以下とし、飽和脂肪酸/一価不飽和脂肪酸/多価不飽和脂肪酸の摂取比率を3:4:3程度にする、といった指導を行う。
 
生活習慣病の食事療法の考え方
生活習慣病の食事療法の考え方図
■研究の質を評価する基準とは
次に井藤氏は、このようなガイドラインの根拠となる臨床試験について、どのような試験デザインの研究が科学的に信頼性の高い研究であるのか、その質を評価する目安を示した(表)。最も信頼性が高いのは大規模な無作為割付比較試験(RCT:Randomized Controlled Trial)のメタアナリシスであり、次いで大規模RCT、前向きコホート研究の順となる。「メタアナリシス」とは、それぞれ独立に行われた試験を系統的に収集して、データを統合して分析し直すものであり、これにより、より多くのデータからの解析結果が得られるため、科学的証拠としての力が強くなるが、データの収集方法、疾患概念の統一などに注意する必要があるという。
 
研究の質を評価する目安
研究デザイン 困難度 信頼性
 大規模無作為割付比較研究のメタアナリシス
困難
矢印
容易
高い
矢印
低い
 大規模無作為割付比較研究
 前向きコホート研究
 コホート内症例対照
 無作為割付比較、同クロスオーバー研究
 地域相関、時系列研究、症例比較研究
 コホート横断研究、群分のないクロスオーバー
 症例報告
 データの裏付けのない権威者の意見
■食事療法を科学的に実証することの難しさ
日本人の高脂血症に対する食事療法のガイドラインを作成するには、日本人を対象とした食事療法に関する研究成績を網羅的に集め、その質を評価し、取捨選択する必要がある。しかし、日本動脈硬化学会のガイドラインでは、食事療法に関して日本人を対象とした質の高い研究成績はほとんどなかったため、大部分が欧米での成績に拠っている。このため井藤氏は「CHDの発症頻度が日本人の3~5倍も高く、しかも食習慣が大きく異なる欧米人を対象とした研究成績が、日本人に適用できるかという疑問が残る」とした。
一方で井藤氏は、食事療法の研究では、ヒトの食事を長期間コントロールすることや、食事に含まれる一部の栄養素のみを変化させることなどが大変難しいこと、食事内容の地域・民族差、食事に対する反応性の個体差など多くの問題があることを指摘したうえで、「これらの問題を乗り越えるには大規模RCTが最もよい方法だが、その実施には莫大な費用とマンパワーが必要」とし、食事療法の有効性、普遍性を科学的に実証することの難しさについても言及した。
 
■報道における「研究の質の評価」の必要性
最後に井藤氏は、メディアの取り上げ方がとかくセンセーショナルなものになりがちなこと、かつてメディアが話題とした研究で現在も生き残っている研究はそれほど多くはないことなどを挙げ、「臨床試験などの研究の質を評価したうえで、客観的で公平な報道が望まれる」と指摘した。また今後、大学の独立法人化などの影響から、メディアへのアプローチがますます増加することも予想されるとして、「記事として取り上げるべきか否かをしっかり見極めるには、研究の評価法や評価基準といったものを社内的に定めておく必要があるのではないか」と提言した。


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