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耳寄りな心臓の話(第52話)『心の臓は苦みを好む』

『心の臓は苦みを好む  

川田志明(慶應義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)

 
 古い時代のお茶は一般的な飲み物ではなく、中国の仙薬思想から不老長寿薬として崇められていた時代が長かったのです。また医食同源という伝えもあり、薬と食べ物はもともと同じもので、病気を治すのも食事をするのも生命を養い健康を保つためのものであり、その本質は同じと考えられていました。52図1.jpg
 日本にお茶を嗜む喫茶が広がったのは、栄西(えいさい)と隠元(いんげん)、二人の禅僧のお蔭といわれています。それまでも、天台宗の開祖・最澄(さいちょう)が唐から茶の木を携えてきて近江に植え、弘法大師・空海も茶を持ち帰り備前に植えたとされていますが、当時のお茶は宮廷を中心に貴族階級や僧侶だけが饗宴や法会に用いていたようです。平安時代に入って、一時途絶えていたお茶を復活させたのは栄西で、京都・鎌倉を基盤とした新しい禅宗を築くとともに、中国からお茶の木を持ち帰って「心の臓は苦味を好む」とお茶の効用を説き、その後武家社会にまで抹茶を飲む習慣が広がったとされています。さらに、煎茶が日常茶飯になったのは江戸時代前期、中国・明みんから隠元禅師が来朝して、お茶の葉にお湯を直接注いで日常的に飲む方法を伝えてからといいます。今では、茶に含まれるタンニン、カテキンなどのポリフェノール類が抗酸化作用を発揮して冠状動脈硬化を防ぎ、狭心症や心筋梗塞の発症を抑える効果のあることが報告されています(図1)
 
栄西の『喫茶養生記』
52図2.jpg 栄西(ようさいとも)は二度に亙って中国・宗(ソウ)(後周の王朝、今の淅江省杭州市に都)にわたり、帰国後は鎌倉・寿福寺の住職に招かれ、次いで京都の建仁寺を開山し、幕府や朝廷の庇護を受けて禅宗の普及に努めた臨済宗の開祖とされています(図2)
 頼朝の次男で鎌倉幕府三代将軍・源実朝の急病といいますか、実のところ二日酔いを栄西がお茶で治したという記事が「吾妻鏡」にあり、この時実朝に呈上したのが『喫茶養生記(きっさようじょうき)』の上下二巻からなる原本とされています。上巻では、私たちが口にして感じることのできる甘(あまい)・酸(すっぱい)・苦(にがい)・辛(からい)・鹹(しおからい)の五味の中で、心臓には苦みが必要なのだとお茶の効用を説き、下巻では邪鬼を除く効能があるとされる桑の効用について解説しています。
 養生の根源は肝・心・脾・肺・腎の五臓が調和を保ち、これら相互の間が健全に維持されることが肝要で、そのために、肝臓は酸味を、心臓は苦味を、脾臓は甘味を、肺臓は辛味を、腎臓は鹹味を好む。故にこれらの食物を適宜摂取することが大切で、中国の人々はこれを適当にとっているので五臓が調和を保ち、健全で長寿を保っている。ところが、日本人は甘・酸・辛・鹹の四味は適当にとっているものの苦味をとることが少なく、そのため心臓が弱り若死にするものが多い。心の臓は苦みを好む臓であるが、和食には苦みが少ないため、「茶を喫するは、是れ妙術なり」と。「もし人、心神快からざれば時に必ず茶を喫し、心の臓を調え万病を除き癒すべし」としています。
 苦味を含んだ食物といえば、現代ではヨモギ、フキ、タラノ芽、うど、筍などですが、その最たるものがお茶で、中国人は常に茶を飲んでいるため、長寿を保っているのだと説きました(図3)。52図3.jpg
  因みに仏教で五味といえば、牛乳を煮詰めて精製する過程で生じる五段階の味のことで、乳味、酪味、生しょうそ酥味、熟酥味そして最高の醍醐味となります。これにならって、仏の教えが順次深まって行って、最上の教えを醍醐味としていたわけですが、一般には美味を褒めていう言葉となり、味わい深い、本当の面白さなどの意に用いられるようになっています。
 
煎茶の隠元禪師
  江戸前期にあたる1654年に、68歳にして20人ほどの弟子とともに中国・明の福建省から長崎へ来港した隠元は、念仏禅を特徴とする明朝禅を日本へ伝え、当時の禅宗界に多大な影響を与え、一時は影響力を恐れた幕府によって寺外へ出ることを禁じられたこともありました。再三の帰国要請もありましたが、四代将軍・徳川家綱との会見に成功し、その結果宇治に寺地を賜り、故郷の中国福清と同名の黄檗山(おうばくざん)萬福寺を開山するに至り、後水尾法皇をはじめとする貴族、幕府の要人、大名、多くの商人達が隠元の広めた黄檗宗に帰依しました。隠元の書は茶席の掛け軸としても珍重されています(図4)
 抹茶を主体にした茶道という独特の文化が広まる中で、お茶の葉に直接お湯を注いで飲む方式の煎茶がそれこそ日常茶飯の飲み物になったのは隠元禪師が伝えてから文人らに広まったこともあり、煎茶道の開祖とされています。
 今では日常の食べ物となっている隠元豆も、隠元和尚が来日した際に明から持ち込んだことから、その名が付いたとされています。夏には湾曲した長い若い莢を「サヤインゲン」として食べるほか、成熟した豆は煮豆、きんとん、あん、甘納豆などに用いられます。しかし、関西では若い莢を食用にするフジマメをインゲンマメといっています(図5)52図4と5.jpg 
お茶の成分と効用
 茶の葉を蒸して焙炉でもみながら乾燥させ発酵によって葉緑素を分解しタンニンを酸化させたものが紅茶です。一方、熱処理によって酸化酵素の働きを抑え葉緑素の分解を妨げることで緑色を保たせたものが緑茶であり、玉露、煎茶、抹茶などがあります。ウーロン(烏竜)茶は紅茶と緑茶の中間に位置する、半発酵茶ということになります。
 緑茶に含まれるカテキン、タンニンなどのポリフェノール類の強い還元作用が動脈硬化を防ぎ心臓の筋肉の血流不足を守って、狭心症や心筋梗塞を予防するという研究があります。くわしくは、お茶に含まれるカテキンやタンニンなどが悪玉コレステロール(LDL)の酸化を妨げて動脈硬化を防ぎ、フラボノールは血管壁を強化し、ギャバ(GABA,γ-アミノ酪酸)が血管を拡張して高血圧を正す効果があります。
  また、カフェインには冠動脈拡張作用があるのですが、一方では僅かな興奮作用や利尿作用があるため夕方のお茶を控える方もいます。このため、カフェインレスすなわちカフェイン抜きのペットボトル入りお茶が各種販売されています。
 もともと、緑茶カテキンには癌予防効果もあるとされ、茶の産地である静岡県人の胃癌死亡率は全国平均に比べて極めて低いことが明らかにされています。
 しかし、油断は大敵です。定期的な検診を受け、日頃はあくせくしないでお茶を飲みながらの談笑で認知症を防ぎ、血管年齢を若く保って健康的な生活を続け、健康寿命を延ばすのがベストな老後と言えましょう。
 
  

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