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耳寄りな心臓の話

耳寄りな心臓の話(64話)『エジプト女王の心臓発作』

『エジプト女王の心臓発作   

川田志明(慶應義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)
 
 
 
 
 AI(Autopsy imaging, 死亡時画像診断)といって、遺体を傷つけずに解剖に代わってCTやMRIを用いて死因を明かにしようとする試みが広がりつつあります。これを古代のミーラにまで応用したところ、アルプス山中で発見された5,000年前のアイスマンの脚や3,000年前のエジプト女王の心臓にも、すでに動脈硬化を示す石灰化のあることが明らかにされました。さらに古代の種々の階層のミーラ群をCT撮影すると、半数以上で動脈硬化を示す石灰化が認められたと話題です。動脈硬化症は高脂肪、高蛋白、高カロリーなど若い時からの生活習慣が原因となって、壮年期に発症する成人病と考えられてきましたが、古代のミーラにもすでに動脈硬化症が認められたということは、動脈硬化は私たちの怠惰な生活様式に起因する現代病であるとの見方を覆すもので、古代から人間の老化に関する固有の構成要素の一つだったことになります。64図1.jpg

  
ラムセス2世と後継たち
 エジプトの首都・カイロの中央駅を通称「ラムセス中央駅」と呼び、紀元前13世紀にアブ・シンベル神殿の造営などで知られる古代エジプト王、ラムセス2世の巨大な石像がエジプト独立後の1955年から一時期駅前広場に移築されました(図1)
 ラムセス2世(在位前1304−1237年)はエジプト第19代王朝の第3代目のファラオで24 歳で即位して66年間統治して黄金時代を築き、カルナック神殿、アブ・シンベル神殿やオベリスク(先の尖った方形の石柱)を建立して権勢を振るい、90歳で没するまでに、メルエンプタハ王など111人の息子とメリタムン女王を含む69人もの娘をもうけた偉丈夫だったといわれています。絶世の美女としてクレオパトラ7世に比べられるネフェルタリ王妃とラムセス2世の亡くなった後の一時期、メリタムンが女王の座についたとされています(図2)
 2009年、アービン・カリフォルニア大のトーマス教授は心臓病学会出席のためエジプトを訪れ、見学したエジプト考古学美術館で、ラムセス2世の息子、メルエンプタハ王(BC1200年頃生)のミーラのガラスケースに「王はアテローム性動脈硬化症を患っていた」との説明を目にして目を丸くしました。
 そこで、トーマス教授らはエジプトの考古学者らと共同でエジプト考古学美術館が収蔵しているミーラ120体の中から満足な45体を選び、CT断層法により動脈の石灰化を比較するという大調査に乗り出しました。64図2.jpg
 今でも、AI(Autopsy imaging 死亡時画像診断)といって、死後の病理解剖や司法解剖の代わりにCTやMRIを用いて死因の解明に努めようとする動きがあります。体動がないということで、着衣のままでも結構鮮明な画像が得られるのです。
 さて、最古のもので4,000年前、最新のものでも2,4000年前のミーラでしたが、43体で血管が確認され、うち13体では心臓が残されていたのです。驚いたことに、血管の確認された半数近くのミーラに石灰化プラークが認められ、冠動脈の塞栓すなわち心筋梗塞で亡くなった可能性の高いミーラも数体みられました。
 
 
メリタムン女王の虚血心
 ミーラの多くは内蔵を取り出されていますが、王族では来世を約束するものとして心臓を残す慣習がありました。ラムセス2世の娘でメルエンプタハ王とは異母兄弟のメリタムン女王のミーラの冠動脈にも強い石灰化が認められ、現在であれば冠動脈のダブルバイパス術の適応になるほどの病変であり、この心臓病のために早死した可能性のあることが分かりました(図3)
 彼女が収められた杉棺には古代エジプトの象形文字であるヒエログリフの絵文字とともに特別優美に「心臓の計量の儀式」がくっきりと描かれていたことでも有名です。「一生の行為が心臓に書き込まれ、その重さは王女のなした行為のよき尺度となる」と、心臓にはその人がなした罪や悪行の記録が書き込まれ、その分重くなるという考えだったようです。このように、エジプトの王や女王が亡くなると、死後の世界に向かう前に、心臓は一枚の羽と重さを比べるために天秤にかけられます。「心臓計量の儀式」と呼ばれるものですが、判定の公平さに目を光らせる犬の頭をもつ死者の神・アヌビスに見守られ、心臓が真理を司る女神アマトの頭上を飾るダチョウの羽根よりも軽ければ死後の世界でのよき生活が保証され、重いと判定されると直ちに妖獣アメミットに貪り食われてしまう運命にあったのです(図4)64図3と4.jpg
 メリタムン女王の心臓は虚血性心臓病にかかり、ある意味では羽よりはるかに重かったはずですが、杉棺には心臓の天秤が僅かに上の方になるよう、すなわち軽いと判定されるように描かれていたのです。人望のあった女王に対する、来世への周囲の期待がそのように描かせたものと考えられます。
 
 
アイスマンにも動脈硬化64図5.jpg
 1991年、イタリア・オーストリア国境近くの標高3,210mのアルプス山中のエッツの谷の氷河から冷凍ミーラが登山者によって発見されました。およそ46歳の男性で身長1m65cm、体重40kgで約5,300年前、青銅器時代のものと推定されました。
 エッツの谷で発見されたことから「エッツイ」と呼ばれるようになったアイスマンでしたが、現場から着衣のほか青銅製の斧と矢じりがみつかり、当時の金属加工術が一般に考えられていたよりも進んでいたことを物語っていました(図5)
 背中や足の15か所に簡単な入れ墨があり、現代のハリ治療に用いられる「ツボ」の位置にあったことから、鍼灸治療のヨーロッパ起源説も流布されました。
 2007年になってCT断層法を用いての検査で、世界最古のミーラの死因は矢じりから受けた肩の動脈の損傷による失血とされ、2012年になってゲノム(全遺伝情報)解読で、血液型O、瞳は茶色、地中海のコルシカ島やサルデーニャ島の人々に特徴が近いと判明し、さらに初めて解凍されて解剖が行われ、全身の血管とくに頸動脈、大動脈、回腸動脈に動脈硬化を示す石灰化のあることも明かにされました。
 
 
ミーラ群のCT総決算
 動脈硬化は裕福だった古代人に見られる現象であるように思われましたが、貧しい古代のエジプト人、例えばピラミッドの石を積み上げた人々や狩猟採集民では事情が異なるかも知れません。動脈硬化症は余剰生産物が得られるようになってから出現した症状なのかもしれないとも思われたのです。そこで、トーマス教授らは前回よりも大きなチームを編成して、世界中のミーラ137体をCT 断層法で徹底的に調査することにしました(図6)64図6.jpg
  ローマ時代末期(AC 1,400年頃)、古代ペルー(BC 900〜AC 1,500年)、アメリカ南西部の古代プエブロ族(BC 1,500〜AC 1,500年)の多数のミーラ、アリューシャン列島の狩猟採集民ウナガン族(AC 1,800年頃)の5体のミーラが含まれました。裕福な文化に属する現代人と同様に動脈硬化症は年齢とともに増加する傾向にあり、あらゆる地域、あらゆる時代にも見られたのです。死者をミーラ化しているエジプト人だけでなく、寒冷地や感想している地域では世界のあちこちでミーラが見つかっています。その結果、アテローム性動脈硬化が34%に発見されました。カリブー(トナカイ)漁を生業とするエスキモーのイヌイット族やアリューシャンのウナガン狩猟民族にも6%に動脈硬化が認められ、これらの結果からアテローム性動脈硬化が私たちの怠惰な生活様式に起因する現代病であるとの考えは覆りました。  

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