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耳寄りな心臓の話

耳寄りな心臓の話(第27話)『心臓はどうして左に』

『心臓はどうして左に 

北里柴三郎1852-1931 /鈴木梅太郎1874-1943 -北里柴三郎1852-1931 /鈴木梅太郎1874-1943- -北里柴三郎1852-1931 /鈴木梅太郎1874-1943- -北里柴三郎1852-1931 /鈴木梅太郎1874-1943- -北里柴三郎1852-1931 /鈴木梅太郎1874-1943-  

 

川田志明(慶應義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)
 


  私たちの身体は外見的には左右対称的ですが、心臓は左側に寄り肺臓は左右に分かれますが右3葉・左2葉から成り、肝臓は右側、脾臓左側にあるなど全ての内部臓器は左右で非対称的な配置になっています。このように、心臓が左寄りにあるのが普通なのですが、時には心臓を含めた全ての臓器が逆位になっている人もみられます。機能的には問題ないのですが、心臓だけがそのままで他の臓器が逆位になっていると複雑な心奇形を合併することも知られています。
 心臓が左側に寄るメカニズムについては長い間謎のままでしたが、最近の動物を用いた実験研究では胎児の原始結節の繊毛(ヒトでは線毛とも)の回転運動が臓器の左右配置に大きな役割を演じていることが明らかになりました。

27回図1.jpg
 全内蔵逆位症と繊毛運動


 心臓の位置は、左側というよりも中央からやや左寄りにあります。左側にあるべき心臓が右寄りにある場合を右胸心(うきょうしん)と呼びます。多くの場合腹部内臓逆位もともなっていて全内部臓器が鏡像を示すように配置され、機能的には何等問題はありません。約5,000人に一人の頻度でみられるもので、胸部X線写真では心陰影は右側に肝臓陰影は左側に、そして胃泡が右側に写ることから全内臓逆位症と診断されます(図1)。
  発生のごく初期に、胎児の胚の中央部のノード(node)と呼ばれる原始結節の窪みの中にそれぞれ一本の繊毛をもった細胞が数百個あり、その繊毛の音速にも勝る高速回転運動によって細胞外液(羊水)に右から左への流れが形成され、この水流で移動する細胞集団が左右の所々に配置されることで臓器の位置が決定するというメカニズムが明らかにされたのです(図2)。27新図2.jpg

 

カルタゲナーから絨毛不動症候群へ


 ところが、この繊毛の運動が不充分で回転運動が起こらないと右から左への流れは発生せず、臓器の左右配置が乱れてしまい、心臓が右側に行ってしまうなど全内臓逆位症が発生することになります。
以前から右胸心を示す人の中に慢性副鼻腔炎や気管支拡張症を合併することがあり、カルタゲナー(Kartagener)症候群と呼んでいました。単に偶然の組み合わせかと思われていたのですが、副鼻腔や気管支粘膜などの気道を覆う繊毛が不足したり運動が不十分なために空気中の不純物を排除できずに慢性副鼻腔炎や気管支拡張症を来すなど繊毛の欠如や運動不全によるものという内臓逆位症との発生学的な因果関係が明らかにされたのです。
 さらに男性では精子の繊毛が運動を行わないことで射精しても卵管にたどり着けず、いわゆる精子無力症のために男子不妊症となり、女性では卵管の繊毛運動不全のために受精卵が子宮に向かわず反対の卵管膨大部を目指して着床して子宮外妊娠を来すこともわかりました。これらの異変はすべて繊毛運動に関連した一元的なものであることから、カルタゲナー(Kartagener)症候も含めて広く繊毛不動(Immotile cilia)症候群と呼ばれるようになりました。16,000人に一人という常染色体劣勢の遺伝性の疾患とされています。
 

内臓逆位症の開腹術27回図2.jpg


 超音波もCT検査法もなかった古い時代の話ですが、右胸心の数例に開腹術を行った経験があります。市内病院の夜間当直で吐血患者が救急搬送され、ショック状態のため大学からの外科医の応援を得て緊急手術となりました。十二指腸潰瘍からの出血で膨れ上がった胃袋の2/3を切除して十二指腸の断端と吻合する段になって、胃腸の向きが逆であることに気付いたのです。心音が真ん中辺りに聞こえたのは以前の肺手術のためと考えたのですが、術後の胸部X線写真で右胸心が認められ、胃や腸とともに全内臓逆位症であることが明らかとなりました(図3)。
 さらに、大学病院の当直で腹痛を訴えて来院した男性で急性虫垂炎と診断したのですが、胸部X線写真で右胸心が明らかとなりました。全内蔵逆位症であれば虫垂も左側にあるはずなのですが、患者さんは右側に自発痛を強く訴えますし、触診によっても右側に圧痛をはっきりと認めたことで、思案の末に右側の切開を行いました。ところが右側に虫垂は発見できず、結局は左側に切開を追加して虫垂切除術を行いました。
 27回図3.jpg文献的に調べてみますと、発生学では内胚葉性の内部臓器は逆位となっても外胚葉性の神経系は反転することはなく、内臓疾患でみられる関連痛などはそのままで、左側の虫垂炎による関連痛も腹壁では右側に認められるものであることが分かりました。
 さらに数年後の外科当直で再び、右胸心で右側の腹痛を訴える急患に急性虫垂炎と診断したのですが、右か左か喧喧諤諤の議論の末に先ずは左側を開けるべきと主張して的中し、なんとか溜飲を下げることができました(図4)。












フィクションに登場した右胸心


 ドラマや漫画の世界では、奇異なる事例として右胸心が題材にされています。医療漫画の元祖ともいわれる手塚治虫の『ブラック・ジャック』では腹痛を訴える男児の腹部内臓が左右逆で、困ったブラック・ジャックは助手がかざす鏡を頼りに手術を終える場面があります。
また、週刊少年マガジンのミステリー『金田一少年の事件簿』では内臓逆位の犯人が明智警視の心臓を狙うつもりで無意識に自分と同じと思って右胸を刺したために明智は命を取りとめるというシーンがあります。 
 さらに、日本TVの刑事ドラマ『太陽にほえろ!』では三田村邦彦演ずるジプシー刑事が、かつて左胸に銃弾を受けたが内臓逆位のお陰で左胸の機能を失うだけで一命を取り止めたことが語られています。また、フジTVで放映中の『医龍-Team Medical Dragon-』では天才外科医・朝田龍太郎が完全内臓逆位症の生後9ヶ月の乳児に川崎病で傷んだ左心室の薄くなった壁の部分を切り取り、これを二重にして当てて縫い縮める新しいバチスタ手術に挑戦するという夢のような話が登場しています。
 心臓を含めた全内臓逆位症の人では機能的には全く問題ないのですが、たまたま繊毛不動症候群の合併した時や開腹術が必要になった時だけ注意が必要で、外科医は内臓逆位症の手術経験が少ないために苦慮することがあるということも考えられます。
 
 

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