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耳寄りな心臓の話

耳寄りな心臓の話(第6話)『道をまたいだ心電計』

『道をまたいだ心電計』
−アイントホーフェン 1903年−

 

川田志明(慶応義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)

 

 心電図は今では不整脈や心肥大、それに狭心症や心筋梗塞の診断に不可欠の検査法となっていますが、約100年前にオランダのアイントホーフェンが弦電流心電計を開発したことが契機となりました。別棟の研究室に

設置された3トンもの大型の心電計から道をまたいで病室まで1500mもの電極を

繋ぐという大掛かりなものでしたが、よちよち歩きだった心臓病学の発展に大きな貢献をしたことから、1924年にノーベル生理学医学賞を受賞しました。

 

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巨大心電計の開発
 因みに、この1903年には、ライト兄弟が人類初

の飛行に成功し、キュリー夫妻がラジウムの分離でノーベル物理学賞を受賞し、日本国内では

第1回日本内科学会、第5回日本外科学会が開催された年でした。

 当時は露出したカエルの心臓の活動電流の記録は行われましたが、ライデン大学の生理学教授だったウイルヘルム=アイントホーフェンは人の体表面の微弱電流の測定から心電図波形の研究に向かったようです(図1)。


 アイントホーフェンが作った心電計の本体の重さは3トン近くもある大きなもので、操作には5人もの人手を要し、研究室と病室の間に1500mの電線を敷いて信号を送ったといいます(図2)。巨大だった心電計も小型のものに改良されて市販されたことで、いろいろな病気で心電図の解析が行われるようになり、そのお陰で心臓病学という

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新しい専門分野が開けました。


 その業績でアイントホーフェンは1924年にノーベル賞を受賞しました。彼は受賞の挨拶によれば、もっとも幸運だったのはロンドンの心臓病医トーマス=ルイス卿が彼の心電計を用いて不整脈に関する100編以上もの論文を発表してくれたことであり、また研究助手として心電計の主要部分の製作にあたった今は亡きバンダ=フォードに深く感謝するとし、遺族に賞金の半額2万ドルを贈ったのでした。

 

PQRST波の命名
 助手のフォードともに何回かの挫折を繰り返した末に弦電流心電計を完成させ、1903年には人の心臓の活動電流の記録に成功しました。彼の研究の素晴らしいのは、いち早く心電図の波形の各部にPQRSTの名称をつけ、記録紙の移動速度も1秒間に25?などと今日と同じ条件を設定したことで、世界中の研究者と比較検討が容易になったことでした。


 心電図の波形を図に示しますと、P波は心房の収縮、QRS波は心室の収縮、T波は心室の回復消退を表します。胸壁と四肢の2点間の選び方によって、12の誘導(?、?、?、aVR、aVF、aVL、V1〜6)が記録されます。今日では、これらの波形を総合的に分析することで、心臓の病的状態、すなわち不整脈、心筋梗塞、狭心症、心肥大、脚ブロック、心膜炎などの診断を下すことができます。


 最近では一定の運動をして、その前後の心電図変化を記録したり、不整脈の診断では心電図を長時間記録するホルター心電計や心臓の中で記録して分析する心内心電図やヒス束心電図法に進化しています。さらには、特殊な記録方法としてベクトル心電図やコンピューターを駆使して多数の誘導を用いるマッピング法や自動解析法も行われる時代になっています。


 それでも、心電図を撮ると体に電気を通されるのではないかと怖がる人もいるようですが、僅か数mVの電気を器械で増幅して記録しているだけなので安心です。

 

ダーウイン二世が心電計を発売
 特許権を取得したアイントホーフェンの心電計を小型化した1号機は、1905年ロンドンのケンブリッジ科学機器会社(CIS)で完成し販売されました。心電計を実用化した会社は、凍結標本用のミクロトームや臓器研究用のピンセットなどの実験機器を製造販売していましたが、この会社の主がなんと「種の起源」で有名なイギリスの生物学者チャールス=ダーウインの8番目の未子ホーラス=ダーウインだったのです。


 記録によれば、CISで製造された心電計は1912年までに世界中で57台が売却され、パリ、エディンバラ、ペテルスブルク、カルカッタ、アメリカなどの大学や研究室のほか、日本の東北大(16台目)、京都大(30台目)、海軍省にも納められたといいます。その後も世界各地に向けて出荷され、各国でも製造されるようになりました。

 

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 とはいいましても、心電図が開発された当時はまだ狭心症と冠動脈との関係は明らかでなく、冠動脈閉塞によって狭心症の起ることが記載されたのは、1912年になってからです。


 アイントホーフェンの小型心電計が各国に広まるにつれ、狭心症発作中の心電図変化が報告されて、次いで心筋梗塞の患者の心電図でT波に異常の認められることも報告されるなど、大きな進歩がありました。(図3)


 このようにして心電図が心臓病とくに冠動脈疾患や心肥大の診断に有用であることが実証され、1928年には13?ほどのポーターブル弦電流計も作られました。さらに真空管の発明とともに心電計も改良され、数年後には増幅直記式心電計が市販されるようになりました。今日では電流心電計はほとんど用いられず、活動電位を増幅記録する電圧心電計がもっぱら用いられています。

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