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耳寄りな心臓の話

耳寄りな心臓の話(第5話)『わが身にカテーテルを通す』

『わが身にカテーテルを通す』
−W・フォルスマン、1929年−


川田志明(慶應義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)
 


 今では血管から心臓にカテーテルを通して行う「心臓カテーテル法」、「心臓ぺ一シング法」、「カテーテル・インターベンション法」などは心臓病の診断治療に不可欠なものとなっていますが、80年前に自らの肘静脈に尿管カテーテルを通した若き外科医の自己実験が発端でした。

カテーテルを差し込んで地下室へ
 人の血管に初めてカテーテルを通したのは、医師になったばかりの外科医W.フォルスマンでした。実験生理学を樹立したフランスのベルナールらによる心臓カテーテル法の実験を知ったフォルスマンは、ベルリン郊外の小さな病院で尿管カテーテルを自らの左腕の静脈に差し込んで階下のレントゲン室まで歩き、カテーテルを心臓まで進めて胸部を撮影したのでした。


 1929年のことで、心臓にカテーテルを入れるなどは自殺行為も甚だしいと、止める同僚も多かったのですが、反対を押し切っての実行でした。当時も、心停止などの緊急時には心臓に針を刺して強心剤を注入することがありましたが不確実で、心臓内腔までカテーテルを進めれば確実な効果が得られるのではと考えたようです。


 この後もカテーテルを介して心臓内の心電図を記録しようと試みますが、高名なヒス教授の反対にあって中止のやむなきに至ります。このヒス教授こそ心臓刺激伝導系のヒス束の発見者で、現在では心臓に挿入したカテーテル電極を介してヒス心電図が記録され、ペースメーカー植え込みが必要かどうかなど房室ブロックの部位診断に役立っているのは皮肉な話です。


 ベルリン大外科のザウエルブルフ教授のもとに入門した若きフォルスマンは、カテーテル法の更なる研究を申し出ますが、「サーカスの見せ物のごとき行為」と叱責され、失望のうちに大学を去ります。もっとも、このザウエルブルフ教授は特別に設計した陰圧手術室でしか開胸手術を行ってはいけないと強引に主張したことで胸部外科の進歩を何十年も遅らせたといわれた程の堅物でした。今日では通常の手術室で安全に開胸術が行われていますが、当時は全身麻酔も不備で論争が絶えない時代でした。

心臓カテーテル法の確立
 今日のような心臓カテーテル法を確立したのは、アメリカで呼吸器生理学の研究を進めていたA・F・クルナンとD・W・リチャーズでした。パリ大学を出てアメリカのコロンビア大学で生理学教授になったクルナンは同輩のリチャーズとともに、フォルスマンとは全く別な方法で、独自に考案した内圧の測定に適した肉厚のクルナン型カテーテルを用いて心臓や肺動脈内の血圧や酸素含量を測定することで心臓の機能や肺循環の研究を行ったのです。

 

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 こうして、1956年、『心臓カテーテル法に関する発見』によって、フォルスマン、クルナン、リチャーズの3人にノーベル生理学医学賞が授与されました(図1)。ノーベル賞選考委員会では、カテーテルを人間の血管に入れた最初の人についての議論があり、当時同じ様な試みが何人かによって行われたようですが、フォルスマンがカテーテルを右心房内に留置して撮影したレントゲン写真の実在したことが決め手になりました。


 大学を去ってドイツ南西部のドナウ川の源流でもあるシュワルツバルト(黒い森)の辺地で開業医の生活を送っていたフォルスマンでしたが、ノーベル賞が授賞されるやデュッセルドルフ大学教授に招聘されました。

尿管カテーテルの応用
 このカテーテルなるものは、泌尿器科で用いられる尿管カテーテルを応用したものです。尿道狭窄の拡張に用いる尿管ブジーなどは紀元前から登場し、ゴム製の尿管カテーテルもかなり古くから用いられていました。最近では、膀胱に留置した管が抜け落ちないように工夫されたフォリーと呼ばれるバルーンカテーテルも特徴ある器材です。


 フォールスマンが用いたのもゴム製の尿管カテーテルであり、わが国での最初の血管造影も同様なゴム製の尿管カテーテルが用いられました。これらのカテーテルを応用した血管用のバルーン付きカテーテルも次々と開発されました。

 

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 このカテーテルを改良した冠動脈造影用の各種カテーテル、ぺ一スメーカー用のカテーテル電極や血管拡張用のバルーン付きカテーテルも開発されています。中でも特筆すべきは、1963年のT・フォガティによる血栓除去用のバルーン付きカテーテルでした。ポリエティレンなど高分子化合物の進歩から繊細な加工が可能となり、しかもディスポ製品にしたことで世界で広く用いられるようになりました(図2)。


 尿管ブジーなどは医学の祖と呼ばれるヒポクラテスの時代から用いられていましたが、これを元に改良されたのが今日の心臓用カテーテル類であり、下水道用の管が上水道用に格上げされた歴史を物語っているようです。

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