日本心臓財団刊行物

心臓病の予防と啓発のための冊子を多く発行しています。
バックナンバーをPDF版にして掲載していますので、ぜひご利用ください。

耳寄りな心臓の話(第49話)『Ball on Tで心臓振盪』

『Ball on Tで心臓振盪  


川田志明(慶應義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)



 野球などの球技は子供たちにも人気のスポーツですが、ボールが胸に当たってタイミングが悪いと心停止の起こることが報告されています。頭に一撃を受けての脳震盪に似て、胸の心臓近くに一撃を受けたことによる心臓震盪(のうしんとう)と呼ばれています。全く健康な若者の胸にボールの当たるタイミングが悪いと心室細動を起こすということで、心電図ではR on T現象といっていますから、ボールの刺激によるBall on Tによる心臓震盪といえます。


打撲による鈍的心臓外傷49図1.jpgのサムネイル画像
 心臓が前胸壁に接していることもあり、胸を強く打ったり圧迫されたりする鈍的な心臓外傷では心房破裂や弁膜の断裂を来すことがあります。ところが、胸壁に外傷はなくても外力の加わる一瞬のタイミングによっては心室細動が誘発され死に直面することがあるということになります(図1)。
 このように、球技が盛んになるにつれて健康な子供や若い人の胸に比較的弱い衝撃が加わるだけで起こることのある心臓震盪症が大きなニュースになっています。少し古いデータですが、アメリカで2002年までに起こった若年者(35歳以下)のスポーツ中の突然死387例の原因として、肥大型心筋症など持病の人が102人と1/4を占めた一方で、全く心臓病を持たない健康な若者に起こった心臓震盪が76人と1/5にみられました。日本でのスポーツ中の突然死の1998年までの5年間の調査でも、40歳未満の死亡者332例のうちの66人とほぼ同率に心臓震盪の発生していることがわかります。


ボールによるR on T
49図2.jpgのサムネイル画像 心臓震盪症の中で心電図記録の残された例では、心室細動の起こっていることが分かっています。心室細動では心室の筋肉が全体として収縮するのではなく、各部がバラバラに痙攣していて心臓がポンプとして血液を送りだすことができず、心停止と同じ状態になります。胸壁の柔らかい若年者の心臓に近い胸壁に衝撃が加わると心臓震盪症の発生しやすいことは、衝撃部位がはっきりしている例での分析結果からも明らかです。
 心電図波形はPから順にQ、R、S、T(U)波と呼ばれますが、QRS波以降は不応期といって外から刺激が入っても心収縮は起こらず無効に終わるのですが、T波の頂上付近の受攻期だけは刺激に反応して時には心室細動に移行することがあり、R on T現象と呼ばれています(図2)。
 アメリカ・タフツ大学のリンク教授らの実験研究では、ボールをT波の頂上から15~30ms(ミリ秒)手前のタイミングで胸壁にぶつけると、スピードや軟球か硬球かの違いもありますが、あるタイミングでぶつかると高頻度に心室細動が起こって心臓震盪に陥ることがわかりました。さらにアメリカで起こった心臓震盪症128例(2002年)の報告では、70%が18歳以下で、競技スポーツ中に62%が起こっており、中でも野球ボールによるものが53例と最も多く、ソフトボール14例、アイスホッケパック10例、ラクロスボール5例などが続きます。この中で衝撃部位が明らかな22例の分析では、握り拳大の心臓部位にボールの集中している様子がよく分かります(図3)。49図3.jpg

 日本国内で起こった心臓震盪症6例では、小学生3人、中学生2人、高校生1人で、5例が野球ボールに当たったもので、3例が競技中の硬式ボール、2例が遊びの軟式ボールによるものでした、多くの場合、胸にボールが当たった少年はボールを拾う動作が数秒間見られた後に倒れこんで心室細動のために意識がなくなり心停止に至っています。


エアバッグ損傷
 自動車の衝突事故ではフロントにぶつかる頭部外傷やハンドルによる心臓外傷が問題になり、走行中はシートベルトを着用することが義務付けられました。さらに衝突時の衝撃から乗員を保護するために、座席近くに取り付けたエアバッグが導入され、現在では90%以上の乗用車に装備されています。
 エアバッグは瞬時に衝突を検知して窒素ガス発生装置に点火指示を出し、0.04秒と瞬間的にガスを充満して展開を完了させます。このように、乗員が慣性の力で前方に移動し始めた時に、すでにエアバッグは膨らみを完了していて、ダッシュボードや窓などに叩き付けられる乗員の頭部や胸部への衝撃を和らげるのです。

 ところが、事故時にシートベルト未装着や身体とハンドルとの距離が短いことなどで、エアバッグが仇(あだ)になって起こることのある胸部血管損傷などの致命例も報告されています(図4)。49図4.jpgのサムネイル画像


除細動器AEDの活用
 AEDは自動体外式除細動器(Automated External Defibrillator)の略で、
心室が細かく痙攣して心室細動を起こした心臓に電気ショックを与えて動きを正常に戻す装置です。救急車はもちろん、スポーツ施設や人出の多い学校や公園などにも設置する活動が広まり2014年で十年が経過しました(図5)。
49図5.jpg 救命活動では心肺蘇生開始の手順として、従来からA(気道確保)、B(人工呼吸)、C(心臓マッサージ)などの後に除細動が行われるABC手順が救命処置の順番とされてきました。ところが、心室細動が発生してから1分が経過するごとに約10%ずつ除細動の成功率が低下するため、10分も過ぎるとほぼ助からないことになります。119番通報をしても救急車が現場に到着するのに早くても6分ほどかかり、それからの除細動では間に合わないことが予想されます。このように、心臓震盪などを救うにはグランドの現場で除細動を実施するしかありません。
 アメリカ心臓病学会(AHA)のガイドライン(2000年)でも、まず最初に除細動を行うべきとの勧告があり、にわかに一般市民が活用できる除細動器の扱いが注目され出しました。日本では2004年7月から一般市民のAED使用が認められるようになり、特別な講習を受けなくてもAED機器を用いて救急処置が行えるようになったのです。自動音声が手順を知らせ、心電図を自動解析して心室細動以外ではスイッチを押しても出力しないように厳密に設計されています。

 2012年までに国内では医療機関を含めて約45万台ものAEDが設置されるようになりましたが、実際に使用されるケースはまだほんの一部にとどまっているのです。そこで2014年はAED普及10周年ということで、“備えるAEDから使うAEDへ!”をスローガンに、“迷ったら使う! 減らせ突然死”運動が日本心臓財団を中心に進められました(図6)。49図6.jpg

 

高齢者の心臓病 高齢者の心臓病
CLOSE
ご寄付のお願い