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月刊心臓

編集後記 (2017年)

2017年12月号

 超高齢社会?超高齢化社会?

 今年の日本心不全学会は"超高齢化社会と心不全"をメインテーマとして秋田市で10月12-14日の3日間の会期で開催された。企画満載で多くのことが学べた。ところで、高齢社会の定義は、65歳以上が人口の7%以上になると高齢化社会、14%以上になると高齢社会、21%以上になると超高齢社会と定義されている。内閣府の平成29年版高齢化社会白書によれば65歳以上は27.3%であり、我が国は超高齢社会の基準をはるかに超えている。
 なぜ、伊藤宏会長が超高齢社会の間に"化"を加えたのだろう。ご本人にその理由を聞く機会がなかったので自分なりに考えてみた。現在、後期高齢者と分類されている75歳以上は13.3%である。本年1月5日に日本老年医学会は65~74歳を准高齢(pre-old)者、75~89歳を高齢者、90歳以上を超高齢者とすることを提言し、厚労省もその方向で考えていると聞く。個人的(提言の2日後に現高齢者の仲間入り)にも大賛成である。75歳以上を高齢者とすれば、先ほどの定義によれば高齢化社会ということになる。
 前述の白書によれば、65歳以上の割合はさらに増加してゆき、高齢化率は2036年に33.3%、2055年には約38%でほぼピークに到達する。75歳以上の人口も増加し続け、2018年(来年)には、65~74歳人口を上回り、その後も2054年まで増加傾向が続く。驚くほどの超高齢者の社会になるのである。決して遠い先の話ではない。今の医学生が60歳になるころの話である。高齢者が増えれば疾病構造が大きく変化する。がんによる死亡割合は65歳を超えると減り、逆に心臓病による死亡の割合が増える。高齢者の心不全は急激に増加しており、パンデミックと呼ばれている。2014年の国民一人当たりの生涯の総医療費は2,600万円といわれており、その半額を70歳以上で使っている。これらのことからわかるように、"超高齢化社会と心不全"について本気モードにならないと大変なことになる。社会だけでなく、将来の医療関係者たちのためにも。
                                     (山科 章)

2017年11月号

 頚部分枝を巻き込んだ遠位弓部の嚢状大動脈瘤に対する治療法に悩み、戦略を練るために連携大学工学部と協力して3Dレプリカを作成したのは、今から7年程前のことである。1mmスライスのCT画像をSTLファイルにフォーマット、データ変換し、紫外線レーザーを硬化性エポキシレジン液に照射して得られる2D断面光造形スライスを重ねることにより、頸部分枝や肋間動脈まで再現された内腔のある0.1mm精度の原寸大胸部大動脈モデルが出来上がった。2Dでは想像できないトナカイの頭のようなモデルを手にして、そのリアルさに驚いた。複数のモデルを並べると、分枝様式や捻れが多様であるだけでなく、上行-下行大動脈間距離は体格により数cmも異なっており、同じ大動脈が2つとないことを実感した。それを用いてオープンステントのサイズ、挿入長や角度を術前に決定することが可能になった(Shimamura et al. Ann Thorac Surg, 2012.)。さらに、左手にモデルを、右手に持針器を持ち手術をシミュレーションすることにより、難手術を安全にこなす安心感まで与えてくれた。また、講義で使用したところ学生は予想以上に興味を示し、色々な角度に回しながらしげしげと見つめている。一方,病状説明にはリアルすぎる感もあり、術前の患者さんにはCTの供覧程度に留めたほうが良いとも思った。当時はモデル作成に約1週間を要したが、今や卓上3Dプリンターの時代となり隔世の感がある。この先どのようなイノベーションが起きるのだろうか。イメージ効果だけでなく、そのデザイン効果は再生医療等と相まって新たな医療の発展に大きく寄与するだろう。トラブル発生や循環作動薬の模擬投与までコンピュータ操作で可能な教育用体外循環シミュレータや、拍動型バイパス術トレーニングロボットはすでに市販されており、我々も活用している。心臓外科医一人あたり症例数の少ない日本においてより安全な循環器医療を提供すべく、修練医が"3D心臓拍動モデル+VR+人工心肺AIシミュレーションシステムを備えた模擬手術室"で緊迫の面持ちで臨床と違わぬ開心術トレーニングを積む姿をみるのももうSFの世界ではない様な気がする。
                                      (窪田 博)

2017年10月号

 日本は震災国であり、数年毎に大きな地震に見舞われる。M9を超える地震は過去の発掘から三陸沖、南海などでの発生が推定されており、その後も紀元430年頃に三陸沖で発生したとされている。文字による記録が残っているものではM8を超える地震は紀元869年からほぼ20年に1回、合計43回記録されている。なかでも1995年の阪神淡路大震災、2011年の東日本大震災は記憶に新しく、M7ではあったが、2015年の熊本地震も大きな物的被害を生じた。熊本地震では、地震による直接の人的被害は比較的少なかったが、車中泊避難により発生したエコノミークラス症候群により51人が入院し、5名の方が亡くなったという話題があった。この原因は深部静脈血栓症であり、その後に発生する肺塞栓により、重篤な場合には死に至る。実はこのような災害時に発生する肺塞栓は比較的稀であり、肺塞栓症の約半数は入院患者に発生するといわれている。特に術後、骨折などで長期に臥床を余儀なくされる場合に発生することが多い。また妊娠、子宮筋腫、ギブス固定されている患者、抗がん剤の治療中の患者、下肢の麻痺のある患者では、外来通院中でも肺塞栓を起こす確率は高くなる。また、高齢者では発生率が高くなるといわれており、注意が必要である。今回は「肺血栓塞栓症(予防・カテーテル治療・薬物治療等)」をテーマとして取り上げた。日常遭遇しうる病態である肺血栓塞栓症に対する、診断方法、予防法、治療方法について詳しく解説していただいた。日常臨床のお役に立てていただければ幸いである。
                                       (住友直方)

2017年9月号

 経皮的大動脈弁置換術の症例数が急増している。我が国では2013年10月にスタートしたこの治療法は現在全国119施設 累計7000症例以上に行われている。これまで手術高リスク、あるいは手術不能とされた症例がこの新しい治療法の適応とされ、比較的低侵襲で大動脈弁の置換術を受けることができることは、リスクの高い大動脈弁狭窄症の症例にとって大きな福音であるといえる。最近では次第にその適応範囲が拡大されようとしているが、その症例数が急増しているのは、認可施設の増加と共に、元々大動脈弁狭窄症の多くが、加齢と共に発症・進展するものであるから、高齢化社会を迎えている我が国においては当然といえば当然のことである。現場では最近、いわゆるcohort Cと呼ばれるfrailな症例への適応についてしばしば論議されるようになった。前述したように、この治療法の開発によって、かつては"開胸手術なんてとてもできません"と言われた、様々な合併症を持つ全身状態の悪い症例の治療が可能となり、家族も積極的治療を望まれているといわれると、frailtyの高い症例でもあるいはそれだからこそ適応となる場合が多い。個々の症例を検討すれば、それぞれの理由があり、適応決定において一つの線引きをすることはなかなか難しい。治療することによって全身状態が改善する可能性も考えるとなおさらである。しかしながら、一つの医療機器が500万円近いこの治療法が我が国の医療財政にどのような影響を与えるのか、最近話題になったオプジーボなどとは比べものにならないが、若干心配になるのも事実である。この治療だけでなくオプジーボなどの化学療法剤、そしてウイルス性肝炎の治療剤などについて、我が国の医療経済からの解析が始まっている。医療経済の指標にICER (Incremental Cost Effectiveness Ratio)という指標があるが、1年の活動性の高い命を救うのに既存の治療に比べて、どのくらいコストがかかるかという観点から検討する解析方法である。これまで、我が国の医療保険制度の中で足りなかったこのような議論が始まったのは、逼迫する医療財政を支える観点からは必然といえよう。一方、コスト計算だけでは決められない側面もある。治療適応を決めるに当たって、医療倫理、living willのとらえ方、それらの社会の中でのコンセンサスが平行して進んでいく必要がある。そうでなければ、現場での現実的な判断を支援できる議論を進めることはできない。医学の進歩は社会にとって絶えず新しい課題を生みながら、進んでいく。
                                   (代田浩之)

2017年8月号

 今月号のHEART's Selectionは「Cardio-Oncology」である。分子標的薬などの抗がん薬治療により循環器系の有害事象が発生することは承知しているが、まとまって話を聞いたことはないので興味深い。また、「Onco-Cardiology」という言葉もあるようで、循環器医と腫瘍医の立場によって見えるものが多少異なるのであろう。まだ連携が十分に浸透していない分野のようだから、正に「協働」が必要な領域であろう。
 チーム医療の世界では「協働」という言葉が盛んに用いられる。多職種が、目的と情報を共有して、医療の質と効果・効率の向上を目指すのがチーム医療における「協働」である。「協働」とは、Cooperation, Collaborationの「共同」「協同」とは違って、アメリカの学者が作った「Co」と「Production」を結びつけた造語、「Coproduction」の訳語として普及したものである。単に手を携えて一緒に仕事をするというだけではなく、productionの言葉に1+1=2+αになることを期待する、「協産」とも言うべき想いが込められていると私は理解している。Cardiologist とOncologistとの「協働」が、この領域の診療の進歩を産み出すことを期待したい。
 Cardiologist とOncologistのように離れた世界の「協働」は歓迎すべきものであり、循環器の世界でも内科と外科が協働する「ハートチーム」は先進的医療の領域ではルーチン化されてきている。TAVIなどはその代表であろうが、しかしそこには、Echocardiologist とIntervensional Cardiologistなどの循環器内科のSubspecialistも登場し、循環器内科の更なる細分化が垣間見える。このように進む細分化への対応は専門医制度の隠れた課題の一つであろうと思うが、どうであろうか。
                                    (山口 徹)

2017年7月号

 30数年間にわたって筆者が主な研究活動の場としてきた日本心電学会と日本不整脈学会が統合し、新たに日本不整脈心電学会として船出してから2年余りが経過した。それまで数回にわたって同時開催・合同開催を重ねて慎重に進めてきた両学会の統合計画であったが、予想以上の順調な滑り出しで、会員数8500名余りを擁する大きな学会として活発な学会活動が行われているのは大変喜ばしいことである。今秋には日本不整脈心電学会とアジア太平洋不整脈学会(APHRS)との合同集会が横浜で開催される予定で、世界に向けての発信力も高まってきた。米国のHeart Rhythm Society(HRS)、ヨーロッパのEuropean Heart Rhythm Association(EHRA)とともに、この領域の研究をリードする組織に成長しつつあるといってよい。
 目を転じてみると、大企業や大手銀行なども大型合併によって業績を大きく伸ばしている例が多い。それぞれの業界におけるシェア拡大によるスケールメリットは、企業の発展要因として重要な要素の一つであろう。一方で、たとえ大企業であっても老舗のプライドに拘るあまり合併や提携が適切になされないと、業績低迷、企業イメージダウンという憂き目を見ることも少なくないようである。合併・提携相手との相性が悪いと歯車は決して計画通りの方向には回らず、逆効果に終わってしまうという教訓も多い。そういう点では、日本心電学会と日本不整脈学会の相性は極めてよかったといえよう。
 とはいうものの、このような合併・提携とは無関係に、他に類を見ない特殊技術や長年の伝統に立脚した職人技などを有する中小企業の存在価値も決して低くない。大企業とは異なり、意思決定に余計な時間を費やすことがなく、臨機応変に小回りが利くという大きなメリットがあるからである。
 心電図や不整脈の領域においても、会員数数十名程度の専門性の高い小さな研究会が数多くあり、それぞれ独自の視点での活発な研究活動の中から、極めてクオリティーの高い研究が継続的になされていることも忘れてはならない。山椒は小粒でピリリと辛いのである。
                                   (加藤貴雄)
 

2017年6月号

 今回はHeart's Selectionではフレイルが取り上げられた。わが国で高齢化とともに
心血管疾患、特に心不全は今後さらに増加してくる。このような高齢者はフレイルを有しているのみならず認知症、その他の様々な併存疾患を有している場合が多く、ガイドラインに則った通常に治療を行う上での支障となる場合が多い。例えば腎機能低下や、呼吸器系の合併症のため、心保護薬が思うように使用できない、本格的な心臓リハビリテーションプログラムに組み入れようにもフレイルのために運動処方の作成に必要な心肺運動負荷試験にさえ耐えられないなど様々な場合がある。さらにこのような患者は認知機能の低下に加えて独居であったり老々介護の介護者であったりといった社会経済的問題があるためにセルフケアが不十分で、減塩などの生活習慣の改善が困難であったり、服薬のアドヒアランスを高めることが難しい場合も多い。
 最近、特に高齢者の心不全を念頭においた、多職種が介入する包括的な心不全疾病管理プログラムの重要性が広く認識されるようになった。このような包括的プログラムは患者入院時のみならず退院後も行われることが望ましいが、なかなか退院後も継続して実践できていないことが多い。その一つには、それぞれの機能を果たす各医療機関の連携、地域全体で多職種が関与して一人の患者を診てゆこうとする体制ができていないということが挙げられる。
 日本循環器学会は日本脳卒中学会と共同で脳卒中・循環器病克服五カ年計画を立ち上げ、循環器疾患のアウトカムの改善を達成するための様々な方策を提案しているが、その重要な部分を形成するのが医療体制の確立である。高齢の心不全患者を急性期病院のみで診療し退院できたとしても、その後のケアが十分でなければ、またすぐに悪化し再入院するであろう。地域において急性期から在宅までのシームレスな診療体制の流れを作り、地域全体で看てゆく、あるいは"地域が"看てゆく体制作りを急ぐ必要がある。しかしながらこれは言うは易しで、まずは行政や地域社会にも高齢心不全患者が増加することの医学的重要性のみならず社会的な意味合いを理解してもらう必要もあるだろう。
 地域医療構想の重要な課題の一つとして各地域が全体で高齢心不全患者をどのように見てゆくべきかが議論されてゆくことを望みたい。
                                   (百村伸一)

2017年5月号

 医療におけるICT(Information and Communication Technology)の重要性に関しては論を俟たない。日本医療政策機構では2016年11月から12月にかけて、医療におけるICT(遠隔診療、医療データ共有、人工知能の医療への応用)に関する国民の意識調査を実施し、結果を2017年3月28日にホームページ上で公開した。調査対象は日本全国にわたる男女同数で、49歳未満が60%と比較的若い年代からの回答が多かった。遠隔診療に関する調査結果では、85%が何らかの遠隔診療を受けたいと回答した。慢性疾患を有しながら未治療の人と、特に疾病が診断されていない健康体の人に分けて分析すると、両群ともに健康に関する予防的な相談を受けたいと回答した人が最も多かった。さらに未治療群では、脳梗塞などで退院した後の在宅ケアの相談を希望している人が次いで多かった。遠隔治療を受けてみたい理由として最も多かったのが通院の手間を省きたいというもので、国内の地域を問わず50%を超えていた。また、生活習慣病の治療を中断した252人の中断理由を世帯収入別に3段階に分けて分析すると、収入上位の世帯では、通院中断の理由として、通院の手間(第1位)と仕事や家庭環境の変化(第2位)を挙げていたが、年収400万円未満の世帯では、費用の負担ができないが最上位の理由であった。人工知能に関する問いでは、人工知能が医師の補助として診断に用いられることには51%の人が前向きであったが、人工知能が主体的に診断を行うことに対しては29%しか前向きに考えていなかった。健康・医療へのデータの所有に関しては、どの年代においても診察を受けた個人のものであるとの考え方が最も多いが、若い年代ほど医療機関や国が所有するものでよいと回答している。

 日本医師会の副会長は、3月26日の第139回日本医師会臨時代議員会で、ICTを活用し、日常診療を進化させていくことには否定はしないものの、「遠隔診療のツールであるICTやAI(人工知能)は、対面診療の補完」と強調している。今後、医療のICTへの依存は加速度的に高まっていくことは間違いない。少なくとも、これまで離島・遠隔地診療のためであると考えられてきた遠隔診療は大きく様変わりする可能性がある。時代の潮流に押し流されないように心していきたい。
                                    (小野 稔)

2017年4月号

 今月号の特集は、成人期の先天性心疾患(CHD)をどう内科循環器専門医に移行するか、というTransitionの問題が取り上げられている。巻頭言に示したように、あと10年もすると高齢者CHDの割合が全CHDの10%をこえるという。ここで現在51歳になるある男性を思い出した。彼は1965年1月に出生したが、チアノーゼが強く気管切開を施行された。頚部腫瘤のため日齢4に摘出手術するもチアノーゼ軽減せず、ファロー四徴と診断されたが、1歳時のカテーテル検査にて三尖弁閉鎖(IA)と診断された。4歳時、BT短絡術施行するも軽減せず。18歳、痛風発作を経験する。大学を卒業、就職し、結婚。翌年長女誕生。31歳最初の心房細動にてAED施行。以後33歳、36歳とAED施行も再発し、ワソランIVにてrate controlし洞調律に復帰。36歳より蛋白尿出現、肺動脈枝の狭窄が強くintervention適応の有無のため紹介されるも、短絡術の血管は閉鎖し石灰化強く適応外と判明した。37歳,40歳(5回目)、41歳時は5,8,10月と42歳台は、3月Pafで緊急入院しAED施行。その後度々の脱水症と強い血液濃縮のため、慢性腎臓病CKD-IV発症、アミオダロンによる無痛性甲状腺炎発症で甲状腺機能低下出現。48歳時、自宅にて歯磨き中卒倒し、マンション内装備のAED2回使用、伴侶によるバイスタンダ―CPRが施行された。推定心停止時間10分、直近の三次病院に搬送され、気管内挿管、呼吸器管理、低体温療法開始するも、複雑心奇形のため当院に搬送。ICDペースメーカー挿入、大きな左心室の機能低下HF-pEFと弁逆流も出現していた。51歳時急性胆嚢炎再燃のため再入院し内視鏡にて摘出。この間公共施設に永年勤務し、入退院を繰り返すも正規職員を続けている。連れ合いは、患者会である全国心臓病の子供を守る会(心友会)で精力的に活動を続け、先天性心疾患の子どもや成人のためのボランティア活動に励んでいる。本特集がこのような長い経過を示すCHDの多彩な管理の参考になる事を願う。
                                   (佐地 勉)

2017年3月号

 私は現在までその医師生活の大半を、虚血性心疾患、特に急性心筋梗塞の診療・研究に携わってきた。研修医時代に受け持った初めての心筋梗塞患者は、安静が大事ということで、ただ単にベッド上で臥床させるだけで、その当時の院内死亡率は30%前後であった。その後、国立循環器病研究センターCCUにレジデントとして勤務したが、この最先端医療を行う施設においても私が在籍していた当時には再灌流療法はほとんど行われていなかった。再梗塞や左室リモデリングを予防するため厳格な降圧療法等を含む一般治療を行ったが、心不全を呈する例や心室頻拍、心室細動などで頻回の電気的除細動を必要とする例を数多く経験し、院内死亡率もその当時12-14%であった。その後横浜に戻り、当時普及し始めた再灌流療法を積極的に行ってきた。血栓溶解療法から始まり、バルーンを用いたprimary PTCA、現在中心的治療となって久しいステントを用いたprimary PCIと数年ごとに治療の主座はかわり死亡率は5-6%まで軽減し、特に合併症のない患者での管理は明らかに容易になった。ただ、この成果を得るためには夜間休日を問わず診療にあたることが必要であり、この治療により梗塞責任領域の再灌流が得られた時の喜びをコメディカルとともに共有できることがモチベーションになった。このように、自分が専門とする分野の治療成績が目に見えて向上して行く中で診療できたことに大きな喜びを感じると共に、このような環境で働くことが出来たことに感謝している。この30-40年間の進歩から得られた院内死亡率に関するNNT(number needed to treat)は4前後であり、この数値こそが再灌流療法の素晴らしさを示している。しかし、残念なことにここ10年前後の死亡率は低下していない。薬剤による再灌流傷害軽減やカテーテルデバイスによる血栓吸引や末梢塞栓予防などが試みられているが、複数の試験で一定の効果を示したものはない。学会においても以前は心筋梗塞のセッションは大きな会場で参加者であふれんばかりであったのが、最近では会場が小さいうえに空席が目立つようにさえなった現状を見ると少なからず寂しさを禁じ得ない。我が国で、死因第2位を占める心疾患の中で死亡数の多い心筋梗塞は高齢化の進む現状において増加傾向にあることを認識し、急性心筋梗塞の発症予防・診療・研究に情熱を持つ多くの若手医師の活躍が望まれる。
                                       (木村一雄)

2017年2月号

 循環器疾患診療のunmet needsは何か?人口の高齢化によって収縮率の維持されている心不全(HFpEF)患者が急速に増加しており、HFpEFの予防法と治療法の確立は喫緊の課題である。HFpEFの病態生理として、高血圧、血管スティッフネスの増加、血管内皮機能異常などによるvascular failureの寄与が大きいと考えられる。ならば、血管内皮細胞や血管平滑筋細胞でcGMP産生を増加させることによる血管拡張薬がHFpEF患者の予後改善に有効と考えられるが、臨床試験でなかなか有効性を示すエビデンスがでない。そのような中、2型糖尿病患者に対して、SGLT2阻害薬が標準治療に比して心不全による入院や心血管死亡を30%以上も低下させるという驚くべき結果が2015年秋にNew England Journal of Medicineに発表された。この試験は薬剤の安全性を評価する試験であり、HFpEF患者とHFrEF患者を区分した解析はなされていない。そのため、SGLT2(sodium-glucose cotransporter 2)阻害薬がHFpEF患者に有効であったかどうかは定かではないが、心臓拡張能を改善するとの小規模のサブ解析結果もあり、大いに期待がもてそうだ。SGLT2阻害薬が仮にHFpEF患者において有効な薬剤であるならば、そのメカニズムは何かという興味が次に起こる。ナトリウム利尿作用、交感神経抑制作用、腎機能改善作用、降圧作用、抗酸化作用などいろいろな機序が想定されているがこれからの研究が楽しみである。近位尿細管での糖とナトリウムの再吸収抑制がこれほどまでに多彩な効果をもたらすことに、生体の恒常性維持に腎臓でのエネルギー代謝のもつ役割の大きさを改めて思い知らされたというのが素直な感想である。
 今、わが国の循環器疾患構造は大きく変化している。集中治療室、薬剤およびデバイス等の進歩によって院外心停止を免れた急性冠症候群患者の院内死亡率は5%程度までに減少しているのに対して、重症心不全患者の有病率や死亡率は依然として高く、心不全の予防法と治療法にブレークスルーが待たれる。SGLT2阻害薬のエビデンスから新たな視点を得て、今後のブレークスルーに繋げたい。メタボリックシンドロームの病態解明だけでなくHFpEFの病態解明にも多臓器におけるエネルギー代謝の研究が突破口を開くかもしれない。
                                      (倉林正彦)

2017年1月号

 超党派の国会議員が「健康寿命の延伸等を図るための循環器病(脳卒中等)対策基本法案」を国会へ提出する方向で検討しています。高齢化を迎え、循環器疾患患者が増加しています。国民の福祉を考えるとき、まず予防、早期発見が重要です。急性冠症候群と脳卒中はいずれも発症早期の再灌流治療で予後が改善する疾患であり、急性期治療の普及が求められます。JROADの解析では急性心筋梗塞の再灌流治療の施行率は90%に迫りますが、再灌流治療が必要な脳卒中での施行率は10%以下とされています。退院後の生活の質を向上するために心不全の再入院を予防し、心疾患・脳卒中とも積極的なリハビリが必要とされますが、心臓リハビリの施行率は極めて低率です。これらの活動はこれまで主に医師や学会の努力で行われてきたものですが、国や自治体の制度のもとでの支援が必須です。例えば、学校教育での予防教育や適切な健診システムの整備、救急受診に対する市民啓発、救急ネットワークの整備、拠点病院の整備、遠隔医療の導入、心リハ・多職種介入・在宅医療・介護・社会支援の充実と一体化、心臓病・脳卒中の発症登録、実態調査などです。既にがん診療においてはがん対策基本法が制定され、がん拠点病院の整備、専門医療従事者の育成、緩和ケアの推進、全例登録等が軌道に乗っています。国は循環器・脳卒中の医療改革に関わる多くの研究班を組織し、新たに診療提供体制に関わる検討会を発足させ、地域医療計画の改革を進めています。日本循環器学会でもこれに呼応して今後の循環器医療に関する5ヶ年計画を作成中です。研究成果や提案を実現するために、何よりも重要なのが法律を基盤とした国や自治体の支援です。国民の福祉に大きく資するこの重要な法律の早期成立を、患者、国民、医師が力を合わせて実現したいものです。
                                     (磯部光章)

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