日本心臓財団刊行物

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耳寄りな心臓の話(第4話)『酒樽で打診、紙筒で聴診』

『酒樽で打診、紙筒で聴診』
−アウエンブルッガー 1761年、レンネク 1819年−

川田志明(慶應義塾大学名誉教授、山中湖クリニック理事長)

  胸やお腹を叩いて診断する打診法を開発したのはオーストリアの酒屋の息子で後に医師となったアウエンブルッガーでした。しかし、彼の努力の結晶とも言える打診法は国外に広く知られることはなく、50年後の彼の死の直前になって、ナポレオン?世の侍医でもあった名医コルビザールが長く埋もれていた彼の打診法を掘り起こし、医学界に広めたものでした。
 また、この頃パリーのコルビザールのもとで修行していたフランス生まれのレンネクは糸電話にヒントを得て紙筒や木筒型の聴診装置を作り、心肺の聴診法を確立したのでした。

ワイン樽の残りを打診

  オーストリア・グラーツ生まれのレオポルト=アウエンブルッガーはウイーン大学を出て市内の病院で胸部診断法の研究に携わり、ほどなく身体の一部を叩いて内臓の病気を診断する打診法を開発しました。

 アウエンブルッガーの打診法の発見には大きな三つの要素が荷担していると考えられます。先ず父親が酒屋をやっていてお酒がどのくらい残っているか酒樽をトン、トンと叩いていた記憶があり、次にモーツアルトに対抗するほどのオペラ作曲家だったサリエリのために台本を書いたほどで音楽の修練を積み音の高低を聞き分ける鋭い耳を持っていたこと、そして酒屋を継がず音楽家にもならず医者になったことなどです。

 彼の業績はドイツ語で書かれた論文だった事もあり、国外ではあまり知られませんでしたが、50年後の逝去する前年になって、フランスのシャリテ病院の名医でナポレオン?世の侍医でもあったコルビザールが長く埋もれていたアウエンブルッガーの打診法に注目し、フランス語に翻訳出版したことで日の目を見ることになりました。

 打診法の原理は、肺の中には空気がいっぱいあってコーン、コーンと高く響きますし、心臓や肝臓では細胞や血液がぎっしりと詰まっていてコツコツと鈍く響きます。この性質を利用して、心臓や肝臓は腫れていないか、肺に血液や膿がたまっていないか空洞
 04-01.jpgはできていないか、お腹が張っているのはガスのせいかなどを見極めることができます(図1)。

 打診は両手指を用いるだけで特別な器具を必要としない診断法ですが、ある程度の修練は必要です。最近ではすぐに超音波や胸部X線さらにはCT、MRI検査法などに頼りがちですが、これらの装置はどこの診療所にでも備わっているというわけではなく、打診法は患者さんが受診してすぐに症状などを聞きながらでも始められる大事な検査法です。

糸電話にヒントの木筒

  打診法が脚光を浴びだした丁度その頃、フランスのシャリテ病院のコルビザールのもとで内科医の修練をしていたルネ=テオフィル=レンネク(レネック、ラエンネック、レンネックなどとも呼ばれます)は自ら発明した木筒型の聴診器で当時蔓延していた肺結核患者の呼吸音を分析し、立派な『間接聴診法』(1819年)を著しました。

 患者の体に直接耳を当てて肺の音や心臓の音を聴くことは、古くから行われてきたものですが、道具を介在させて聴診したのはレンネクが初めてでした。1816年のこと、重い心臓病の女性が受診しましたが、かなり肥っていて打診や触診を行っても何も分からず、以前から行ってきた耳を直接胸に当てて聴く聴診法も患者が若い女性で乳房も大きく具合が悪かったのです。


04-02.jpg そこで思い付いたのが、子供たちがやっていた長い木筒の一端に耳を当てて反対側の端を軽く叩いたり引っ掻いたりする糸電話に似た遊びでした。さっそく、ベッド近くにあった紙をくるくる巻いて硬い筒を作って女性患者の胸に当て、もう一端に自分の耳を近付けたところ、今までの直接耳を当てて聴いていたよりも遙かに明瞭に心臓や肺の音を聞くことができたのです(図2)

 彼はすぐに、木製で筒型の聴診器を仕上げて聴診を繰り返し、45歳で結核で死亡するまでに今日でも用いられている心音、呼吸音の正常例、異常例の用語のほとんどを作成し、これらの研究をまとめた『間接聴診法』を著し、「胸部臨床医学の父」と呼ばれました。


04-03.jpg 今日一般に用いられている双耳型の聴診器、ステトスコープは、30年後の1852年にアメリカのジョージ=カンマンが考案し、集音部が象牙製から膜型になって今日に至っています。医師の代名詞にもなったほどの聴診器も、心電計や超音波、それに胸部X線、CT断層法などに押されて肩身が狭くなり研修医の肩に掛けられてポーズのみの代物に成り下がっている感があります(図3)

特効薬テオフィリンの命名

 キリスト教徒の子は洗礼を受けると聖書の人物や聖人の名から採られたクリスチャン・ネームを付けるのが一般的ですが、呼吸器疾患の大御所レンネクのクリスチャン・ネームはテオフィルであり、聖テオフィルス(?−412年、祝祭日は10月15日)に因むものと思われますが、なんと喘息や気管支炎の初の特効薬名がテオフィリンというのも良く出来た話です。

 緑茶や紅茶にはカフェインとともにテオフィリンと呼ばれる成分が含まれていて、強心利尿のほか気管支拡張作用の強いことが知られています。レンネクの没後半世紀を過ぎた19世紀末に、ドイツで茶葉から有効成分である無色結晶が抽出されてテオフィリン theophylline と命名され、その8年後に合成に成功したものです。

 今でも、テオドール、テオロング、テルバス、テオフルマート、アーデフィリン錠などとして気管支喘息や気管支炎、肺気腫などの治療に広く用いられている製剤ですが、このテオフィリンの命名も、聴診器の生みの親、レンネクにあやかった命名と考えるのは穿ち過ぎでしょうか。

 診断機器の目覚ましい進歩で打診聴診法の出番も少なくなりましたが、それでも触診などとともに患者さんとのスキンシップを保つ上では大事な診察法と考えています。

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