メディアワークショップ

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第20回「家庭血圧の世界基準を生んだ「大迫(おおはさま)研究」30周年記念~家庭血圧普及のこれまでとこれから。最新知見とともに~

高血圧は脳心血管疾患の最大の要因であり、正しい診断が重要となる。しかし、診察室で測定する血圧値は、白衣効果などによる変動が大きいという問題があった。大迫研究は、高血圧管理における家庭血圧の臨床的意義を確立した、国際的な評価も高いコホート研究である。大久保孝義氏は、30年にわたる研究で得られた家庭血圧に関する知見から、その優れた脳心血管疾患予測能力について概説するとともに、派生研究から得られた結果をもとに家庭血圧を用いた高血圧管理について講演した。

「大迫町」で家庭血圧のコホート研究が実施された背景

家庭血圧には、様々な利点がある。毎日定時に血圧を測定することで、信頼性の高い連日の血圧測定データが得られる。個人で測るため観察者バイアスがない。また、数年にわたる継続的な測定では、血圧値の季節変動や長期変動を評価することも可能になる──などである。大迫研究がスタートした30年前、家庭血圧のこうしたメリットは認識こそされていたものの、研究は少なく、基準値も存在しない状態であった。
岩手県の現・花巻市大迫町は、家庭血圧のコホート研究を実施する上で必要な条件が揃っていた。医療機関が少なく、唯一の有床施設である大迫病院の永井謙一院長(当時)が共同研究者でもあった。研究は町の保健事業として行われ、士気が高い保健師も揃っていた。また都市部とは異なり転勤が少ないため、追跡も容易であった。こうした背景のもとで行われた継続的な研究によって、数多くの有益なデータが得られることになった。

望ましい「血圧の基準値」とは?

血圧値をもとに治療や予防を行うためには、何らかの基準値を設けて高血圧を定義することが必要になる。家庭血圧の基準値は、一般集団に対して家庭血圧測定を実施し、前向きにその後の心血管系疾患発症・死亡など複数のアウトカムを追跡、それらのリスクが高まる血圧値を基準値とするのが望ましい。
大迫研究では、まず1997年にPrognostic Criteriaに関する論文が発表され、収縮期血圧では137mmHg以上、拡張期血圧は84mmHg以上で総死亡のリスクが高まることが示された。それを丸めると、「135/85mmHg」という値が基準値として妥当であると考えられた。さらに他のアウトカムでの検証として、脳卒中発症リスクとの関連をみたところ、家庭血圧ではやはり「135/85mmHg」を超えたところで有意なリスクの増加が認められた。
 現在、日本高血圧学会の高血圧治療ガイドライン2014(JSH 2014)においても、この値は家庭血圧の基準値として示されている(図1)。

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図1. 測定法別の高血圧基準値(mmHg)

家庭血圧の優れた脳心血管疾患予測能力

続いて、家庭血圧の脳心血管疾患予測能力に関して、研究の一端を紹介する。
血圧の測定回数と脳卒中発症予測能力の関連をみると、同じ2回測定の平均でも、健診血圧が8%、家庭血圧が20%と、家庭血圧の予測能力が有意に高いことが示されている(図2)。また家庭血圧は、2回、7回、14回、そして21回と、測る回数を増やすほど予測能も増すということも判明した。測定回数を増やして平均化すればするほど、将来を正しく予測することが可能になる。この結果をもとに、「家庭血圧は可能な限り長期にわたって測ること」という推奨が、高血圧治療ガイドラインでもなされている。
家庭血圧を継続的に測定すると、変動が比較的小さい例もあれば、大きい例もある。測定結果の変動の大小と予後との関連について検討したところ、変動性が大きいグループではイベントのリスクが高いことが示された。大迫研究では、認知機能の低下もアウトカムのひとつとして長期的に追跡しているが、変動性が最も大きいグループでは認知機能低下のリスクが最も高いということが判明した。家庭血圧の変動性は、心血管病の発症や認知機能の低下を予測するマーカーになりうることも示唆されつつあるが、そのメカニズムはまだ明らかになっておらず、治療法なども解明されていない。このあたりは今後の検討課題である。

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図2. 家庭血圧のイベント予測能力は健診血圧よりも高い

大迫研究からの派生研究

家庭血圧を用いた高血圧管理に関して、大迫研究からの派生研究もいくつか行われている。まず、降圧治療中患者の血圧コントロール状況を調査したJ-HOME研究があげられる。この研究では、日本全国の開業医の患者を中心に、3,400人の朝の家庭血圧と外来血圧のコントロール状況を調査した。管理が良好な高血圧は19%で、家庭血圧だけがコントロール不良という、いわゆる家庭仮面高血圧もかなりの頻度で存在した。この研究からは、家庭血圧・外来血圧ともにコントロール不良例が多いという現状が明らかになった(図3)。
また、早朝家庭血圧を指標として、降圧薬をどのように組み合わせて血圧コントロールを行えばイベント低下に結びつくかに関して、介入研究であるHOMED-BP研究も行われた。この研究からは、将来のイベント予測発症に関し、家庭血圧値が外来血圧値よりも優れた予測能を示すことが明らかにされた。また、糖尿病患者におけるサブ解析では、降圧目標の達成は困難であるものの、家庭血圧を考慮した降圧治療は、予後改善に重要と考えられた。
派生研究としては他にも、妊娠中に家庭血圧を測定したBOSHI研究などが行われている。特に冬場に多い妊娠の合併症予防において、家庭血圧が活かせないか検討が進められている。

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図3. J-HOME研究

世界に貢献する大迫研究

大迫研究の英文誌に掲載された論文数は、100報を超えている。また引用回数を調べると、100回以上におよぶ論文が12報あり、世界的にもインパクトが高い(図4)。世界保健機関(WHO)と国際高血圧学会(ISH)のガイドラインにも引用され、他にも欧州の高血圧治療ガイドライン、英国の高血圧治療ガイドライン、台湾のガイドラインなど、数多く引用され続けている。また、家庭血圧と循環器疾患イベントとの関連を検討する国際共同研究として、世界12ヵ国が参加しているIDHOCOや、アジア-オセアニア地域のコホート研究であるAPCSCなども行われており、大迫研究によって得られたデータは、世界のエビデンス作りに貢献している。
大迫は、国指定重要無形民俗文化財でユネスコ無形文化遺産にも登録されている早池峰神楽や、ぶどうの産地としてワインも有名であるが、今後もこの地では、家庭血圧に関する様々な調査活動、研究活動が行われ、その結果は地域住民に還元されるとともに、日本、世界に発信し続けられるであろう。

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図4. 大迫研究論文 Web of Science 検索結果 引用回数順(2016年10月現在)

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