| 心疾患死亡数・死亡率 |
| 東京大学医学系研究科 健康増進科学 川久保 清 |
| 1.人口動態統計における心疾患 |
日本における心疾患の増減の傾向を知ったり、心疾患の発生率を国際比較する元となるデータは人口動態の死因統計である。医師が作成した死亡診断書(死体検案書)をもとに市区町村で人口動態調査調査票が作成され、保健所、都道府県を経て厚生省でとりまとめ報告される(月報及び年報)ものである。死因は、国際疾病分類(ICD)によって分類され、「直接に死亡を引き起こした一連の事象の起因となった疾病もうしくは損傷」を原死因として選ぶルールがある。たとえば、急性心筋梗塞で入院中に胃潰瘍を合併し出血性ショックで死亡した場合には、原死因は急性心筋梗塞である。 ICDは1900年以来、約10年に1回修正されているが、現在使用されているのはICD10であり、正式には「疾病および関連保健問題の国際統計分類第10回修正」と呼ばれ、1992年に作成されたものであるが、日本では1995年(平成7年)1月1日以降使われている。尚、ICD9は1979年(昭和54年)から使われていたものである。心疾患死亡数・率の経年的推移を見る場合には、疾病分類が変更になることがあるので注意が必要である。 ICD10における死因分類は、死因構造を全体的に概観できるように再構成されたもので、ICD9時代の死因簡単分類に対応するものである。表1に死因分類(ICD10)と死因簡単分類(ICD9)における心疾患が含む疾病を示した。心疾患には高血圧性疾患は含まない約束である。死因分類で新たに心筋症と不整脈を作ったのは社会的に注目される疾病群であるからである。心疾患に分類される疾病には、ICD9とICD10と比較してほとんど違いがない。変更点は、ICD10では「心臓併発症を伴うリウマチ熱」が心疾患に分類されるようになったことと、従来肺循環疾患として心疾患に含まれていた疾病のうち、肺塞栓など急性肺性心疾患とその他の肺血管疾患が心疾患から除外されたことである。これらの疾病による死亡数は少ないので、心疾患死亡率はICD9とICD10ではほぼ比較可能と思われる。 |
| 2. 心疾患死亡数・死亡率の年次推移(1989〜1998年) |
心疾患死亡数・死亡率の男女別推移を10年間について示した。心疾患の内訳としては、虚血性心疾患(急性心筋梗塞とその他の虚血性心疾患)と心不全について示した(表2)。心疾患死亡数・死亡率は、戦後ほぼ一貫して増加し、1958年(心疾患死亡率 人口10万人対64.8)に第3位の死亡順位となり、1985年(心疾患死亡率 人口10万人対117.3)には第2位の死亡順位となった。しかし、ここ30年間をみると主に増加したのは、心不全を含む「その他の心疾患」であり、虚血性心疾患による死亡率はほぼ横ばいであった。そのため、心疾患死亡総数に占める虚血性心疾患の割合が諸外国と比べて低いのが特徴であった(1993年で28.8%)。 ICD10適用の1年前である1994年には、心疾患死亡率が減少し、1995年には更に減少し、死亡順位が第3位となった。1997年以降は再び増加傾向になり第2位の死亡順位に戻った。この間の内訳を表1でみると、減ったのは主に心不全であり、虚血性心疾患による死亡率は逆に増加し、心疾患に占める虚血性心疾患の割合が増加した(1998年で50.1%)。このような現象の原因は、死亡診断書の変更の影響と考えられている。ICD10移行によって、死亡診断書に「疾患の終末期の状態として心不全、呼吸不全等は書かないでください」という注意書きが添えられた。このことが、1994年から周知が図られ、心不全の死亡診断書名が減り、その結果として心疾患が減少したものと思われる。 従来、我が国では原因に関わらず急死例に「心不全」あるいは「急性心不全」と死亡診断書を記載する習慣があった。他に原因疾病の記載がない場合には、これは心不全の中の「心不全、詳細不明」に分類され、これが心不全の大部分を占めていた。実際、病院のカルテを閲覧し、死亡原因を検討した研究では、死亡診断書「心不全」の例の半数に心疾患以外の原因疾患(脳血管疾患や悪性新生物)がみとめられたとする報告がある1)。死亡診断書に心不全ではなく原疾患名を書く必要性が生じ、従来の心不全の替わりに虚血性心疾患や心疾患以外の疾患が増加したものと考えられる。 現状の心疾患死亡構造は、1993年以前に比較すると、現状をより反映したものとなっているものと思われる。1998年虚血性心疾患死亡数は男性では38566人であり、男性肺がん死亡数(36880人)を上回り、女性では33112人であり、女性の胃がんと肺がんの死亡数を足した数(31813人)を上回る数である。1996年以降の虚血性心疾患死亡率の推移をみるとほぼ横ばい傾向である。 |
| 3. 国際比較 |
人口10万人対の粗死亡率で米国と比較した場合1998年の日本の心疾患死亡率は米国1994年の死亡率の42.2%、虚血性心疾患死亡率は米国の31.0%でありまだ少ない。1987年の日本と1986年の米国の比較では、日本の心疾患死亡率は米国の38.4%、虚血性心疾患死亡率は米国の18.3%であったのと比較すると、虚血性心疾患死亡率の差が少なくなってきている。これは、前述したように日本で、心疾患に占める虚血性心疾患の割合が多くなったからである。 |
| 文献 |
1)小澤秀樹、ほか:心疾患死亡者の実態調査による虚血性心疾患の検討. 日循協誌26:100-104,1991 |
| 表1. 心疾患が含む疾病(ICD10とICD9)の比較 | |||||||
| 死因分類(ICD10) | 死因簡単分類(ICD9) | ||||||
| 分類コード | 分類名 | 基本分類コード | 疾病名 | 分類コード | 分類名 | 基本分類コード | 疾病名 |
| 09201 | 慢性リウマチ性心疾患 | I05〜09 | 慢性リウマチ性心疾患 | 46 | 慢性リウマチ性心疾患 | 393〜398 | 慢性リウマチ性心疾患 |
| 09202 | 急性心筋梗塞 | I21 I22 |
急性心筋梗塞 再発性心筋梗塞 |
51 | 急性心筋梗塞 | 410 | 急性心筋梗塞 |
| 09203 | その他の虚血性心疾患 | I20 | 狭心症 | 52 | その他の虚血性心疾患 | 411 | その他の急性亜急性虚血性心疾患 |
| I23 | 急性心筋梗塞後の続発合併症 | 412 | 陳急性心筋梗塞 | ||||
| I24 | その他の急性虚血性心疾患 | 413 | 狭心症 | ||||
| I25 | 慢性虚血性心疾患 | 414 | その他の型の慢性虚血性心疾患 | ||||
| 09204 | 慢性非リウマチ性心内膜疾患 | I34〜39 | 54 | 心内膜の慢性疾患 | 424 | 心内膜その他の疾患 | |
| 09205 | 心筋症 | I42〜43 | 心筋症 | 56 | その他の型の心疾患 | 425 | |
| 09206 | 不整脈及び伝導障害 | I44〜49 | 56 | その他の型の心疾患 | 426 | 伝導障害 | |
| 427 | 不整脈 | ||||||
| 09207 | 心不全 | I50 | 心不全 | 55 | 心不全 | 428 | 心不全 |
| 09208 | その他の心疾患 | I01〜02.0 | 心臓併発症を伴うリウマチ熱 | 56 | その他の型の心疾患 | 415〜417 | 肺循環疾患 |
| 420 | 急性心膜炎 | ||||||
| I27 | その他の肺性心疾患 | 421 | 急性・亜急性心膜炎 | ||||
| I30〜33 | 心膜炎 | 422 | 急性心筋炎 | ||||
| I40〜41 | 急性心筋炎 | 423 | 心膜その他の疾患 | ||||
| I51〜52 | 心疾患が合併症及び診断名不明確な心疾患の記載 | 429 | 診断名不明確な心疾患の記載 | ||||
| 表2.心疾患死亡数・死亡率の年次推移(死亡率は人口10万人対)(厚生省人口動態統計) | |||||||||||
| 年次 | 1989 | 1990 | 1991 | 1992 | 1993 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 | |
| 総数 | |||||||||||
| 死亡数 | 心疾患 | 156831 | 165478 | 168878 | 175546 | 180297 | 159579 | 139206 | 138229 | 140174 | 143120 |
| 虚血性心疾患 | 48804 | 51437 | 51470 | 51124 | 51914 | 57881 | 75573 | 71884 | 71717 | 71678 | |
| 心不全 | 91517 | 96078 | 98961 | 105796 | 108465 | 79802 | 36179 | 39927 | 41934 | 43564 | |
| 死亡率 | 心疾患 | 128.1 | 134.8 | 137.2 | 142.2 | 145.6 | 128.6 | 112 | 110.8 | 112.2 | 114.3 |
| 虚血性心疾患 | 39.9 | 41.9 | 41.8 | 41.4 | 41.9 | 46.7 | 60.8 | 57.6 | 57.4 | 57.2 | |
| 心不全 | 74.7 | 78.3 | 80.4 | 85.7 | 87.6 | 64.3 | 29.1 | 32 | 33.6 | 34.8 | |
| 男性 | |||||||||||
| 死亡数 | 心疾患 | 77901 | 81774 | 83646 | 86384 | 88309 | 78868 | 69718 | 68977 | 69776 | 71134 |
| 虚血性心疾患 | 25828 | 27349 | 27224 | 26987 | 27416 | 30906 | 40060 | 38364 | 38405 | 38566 | |
| 心不全 | 44111 | 45881 | 47700 | 50571 | 51362 | 37536 | 16627 | 18076 | 18740 | 19270 | |
| 死亡率 | 心疾患 | 129.4 | 135.7 | 138.4 | 142.5 | 145.4 | 129.7 | 114.4 | 112.9 | 114 | 116 |
| 虚血性心疾患 | 42.9 | 45.4 | 45.1 | 44.5 | 45.1 | 50.8 | 65.7 | 62.8 | 62.7 | 62.9 | |
| 心不全 | 73.3 | 76.2 | 78.9 | 83.5 | 84.6 | 61.7 | 27.3 | 29.6 | 30.6 | 31.4 | |
| 女性 | |||||||||||
| 死亡数 | 心疾患 | 78930 | 83704 | 85232 | 89162 | 91988 | 80711 | 69488 | 69252 | 70398 | 71986 |
| 虚血性心疾患 | 22976 | 24088 | 24246 | 24137 | 24498 | 26975 | 35513 | 33520 | 33312 | 33112 | |
| 心不全 | 47406 | 50197 | 51261 | 55225 | 57103 | 42266 | 19552 | 21851 | 23194 | 24294 | |
| 死亡率 | 心疾患 | 126.8 | 134 | 136.1 | 141.8 | 145.9 | 127.6 | 109.6 | 108.9 | 110.4 | 112.6 |
| 虚血性心疾患 | 36.9 | 38.6 | 38.7 | 38.4 | 38.9 | 42.7 | 56.1 | 52.7 | 52.2 | 51.8 | |
| 心不全 | 76.1 | 80.4 | 81.8 | 87.8 | 90.6 | 66.8 | 30.8 | 34.4 | 36.4 | 38 | |